2010/09/13

トンコリ奏者・千葉伸彦の軌跡 / Nobuhiko Chiba



昨日、「世田谷ものづくり学校」で、トンコリ奏者・千葉伸彦のライブがあった。

一ヶ月ほど前のことか、千葉さんから、「ライブをやるんで、撮影してくれないかな」という電話があり、「あ、いいですよ」と返事をしておきながら、ちょっと不安になって詳細を訊ねたところ、どうもそのライブの始めから終わりまでの記録映像を残したい、撮影して欲しい・・・そうな。
基本的に、僕は“記録”のための撮影はやらないので、そんな撮影は、舞台の位置を確認し、三脚でも立てて、ビデオカメラ君に任せておけば良いのだし、なにもわざわざそこまで行き、Recボタンを押す必要もないでしょう。(笑)
でも、千葉さんからの依頼なので断るわけにもゆかず(彼は滅多に人にものを頼まない)、「もし、youTubeにアップできる動画を撮っていいなら手伝ってもいいけど」と。
単なる記録映像と、“作品”としての記録映像の違いを、今ここに書こうとすれば長くなるので止めますが、とにかく、昨日の千葉伸彦のギグは最高だった。久方ぶりに、彼のトンコリ演奏、歌声を聴き、撮影しながらも、僕は思わず泣きそうになりました。

三年前に、僕はアイヌの唄い手・床絵美の紹介でアイヌの血は流れていない千葉伸彦というトンコリ奏者、音楽家を知り、彼が奏でる、紡ぎだすトンコリの音、その深い、奥行きのある“響き”に打ちのめされ、当時、僕は床絵美との共同作業、スタジオワークに専心していましたから、その勢いで、彼の初めてのソロCD『千葉伸彦 Nobuhiko Chiba / トンコリ Tonkori』のサウンドスケープおよびプロデュースのお手伝いをさせてもらいました。
あれから、早いもので、もう三年の歳月が流れました。
それで、「これは手前味噌になるから」と、今まで彼のソロCDについて書くことを一切自分に禁じて来ましたが、そろそろ書いてもいいかな、と。
CD『千葉伸彦 Nobuhiko Chiba / トンコリ Tonkori』は、たぶん十年に一度出るか出ないかの、ちょっと奇跡的な作品に仕上がったと感じております。

千葉伸彦とは、アイヌの、古くから伝わる伝統曲の“演奏家”、トンコリ奏者ですが、唯一無二、天才的なプレイヤーです。そして、トンコリ楽曲の、現存するただ一人の正統継承者かもしれません。
もちろん僕は、ここに“アイヌ”という言葉、枠を入れる必要は最早無いとは感じています。なぜなら、音楽家として、演奏家として、彼のその表現レベルは、美しい位階へと達しているからです。スペインのパブロ・カザルスというチェロ奏者が、ドイツの作曲家であるバッハ作品の天才的な表出者、演奏家であったという、その客観的事実において...。

床絵美という野生とエレガントを見事に融和させたような存在と出会い、彼女の歌声を通じ、僕ははじめてアイヌの唄を耳にしましたが、アイヌの唄、伝統曲が、いかに人間にとって根源的な響きをみなぎらせているか、“作品”として恐るべき完成度に至っているのか、これについては以前リウカカントのCDのライナーノーツで簡単に触れました。また、北海道の阿寒湖畔に現在する天才シンガー(あえてシンガーと書いているのです)、日川キク子さんについてもこのブログにてご紹介させてもらいました。
本来一人の作家であり、批評家、言葉と印象を弄ぶだけの評論家ではない僕が、非常に高度な、すぐれた表現を紡ぎだす彼らの、千葉伸彦と日川キク子のご紹介など、実はたいへん不本意なことだと思っています。もし誰かが、彼らの素晴らしさを、僕のような稚拙な言語表現ではなく、明瞭なる形式によって紹介してくだされば、書いてくだされば、どんなに有り難いことか・・・。

上記の、アップした動画は、昨日の千葉さんのライブからです。この日のライブより、千葉さんはご自身をサンペ SANPE (アイヌ語で心臓の意)と名乗っています。
アイヌ伝統曲であるとか、トンコリという見慣れぬ楽器であるとか、こういったことを括弧に入れ、なんら“音楽的な”先入観なしに聴いていただければ、演奏家としての彼の偉大さが、十分にご理解していただけるかと思っております。

p.s.この映像の音、その録音の質はあまり良くありませんし、前半、ガタンゴトン!という会場音がかなり気になりますが、その発信地は千葉さんのお二人のお子さんによるものなので、どうかご了承ください。

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