2012/12/06

未知の暮らし / in the Outside


振り向いた場所に、もう名前は無かった。
未知の足音ばかり
ぼくの心の内 こだまする。 

繰り返してばかりいれば、やがて何も感じなくなるだろう
旅に出
目の前にひろがる見慣れぬ風景 や言葉
匂い、
たとえ日差しの濃度が変わったとしても
ぼくの身体、他人の殻
この世界の空っぽの果て
まるで愛おしさを追い求め続けた孤児のように
甘い歌声が耳元で反り返る
極上の自由が
途方も無いブルーが
やがてこの世の天空から降り注いでくるかもしれない

2012/10/06

大地の夢 / family ground


たぶん幼少の頃に見た夢のせいだろう。
ひとつの光景が
赤いライトが点滅するフィールドで
まだ 小さかったぼくの足元に拡がる楽園を 
奪い去っていった。
この瞳や心と呼ばれている“何か”
透明な窓ガラスが
やがてくすみはじめるように...

悲しんでいたのか
そこで我を失ってしまったのだろう
待ち受ける“死”を避けながら
長い間 濁った眼差しでこの世界に触れ
いくら掬い上げても 掬いきれない星空の奇跡を
この地を這うように もう一度
失ったものを取り返そうと 凍りつく
すべて白く 凍った大地の夢に
そっと近づいていった。

「地に足をつけるってね、天に足をつけることになるんだよ」
と、何かが囁いていた。

2012/09/23

秘密の河 / mystic river


その川の名を、ひとは“小仏川 -Little Buddha River-”と呼んだ。
ふかい沢のむこうに、水の絨毯が
ヒカリと風が交ざり合う頃、ソレはぼくを手招きした。
「戻ってきてはだめだよ。もうすこし其処に」
いつも冷たく、黙りこくったカメラが
(ぼくの手のひらの熱を呼吸したんだな)
息づいて、「ソレをだれかに見せてあげればいいよ」
無常の時の流れに怯えながら
やがてぼくであることが消える瞬間の
先っちょの方で、優しくシャッターを切っていた。

2012/07/27

Director's Choice vol,2 / EMON PHOTO GALLERY

Director’s Choice vol.2

Artists : 飛田英夫   藤原更   Nils Udo   海沼武史   David Fokos   Margriet Smulders



【会期】2012年7月27日(金)~9月4日(火)
【開館時間】 11:00から19:00まで 土曜日は18:00まで
【休館】日曜・祝祭日  *お盆休み2012年8月10日(金)~8月15日(水)


EMON PHOTO GALLERY / エモン・フォトギャラリー
〒106-0047 東京都港区南麻布5-11-12 TOGO Bldg.,B1
tel : 03-5793-5437 fax : 03-5793-5414

2012/07/13

BSフジ『遥かなるアイヌモシリ』 / Riwkakant for Broadcasting


2012年7月14日(土) 23:30 ~ 24:00 BSフジにて
番組名 「3D☆3D(サンデーサンデー」
タイトル 「遥かなるアイヌモシリ~初夏の釧路を訪ねて~」

内容 北海道に古くから暮らす先住民族、アイヌの人々は、固有の言葉や文化を持ち、今に受け継いでいる。彼らは、自然や動物をカムイ、つまり神としてあがめていた。そして、神々に囲まれ、人間が住む静かなる大地を「アイヌモシリ」と呼んだ。そんなアイヌモシリの原風景を求めて訪れたのは、北海道・釧路地方。日本最大の湿原・釧路湿原が広がっているこの地の自然を3Dカメラがとらえる。

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番組使用楽曲
gift
at the lake
autumn light
鳥のライン birdline

(Riwkakant 1st CD 「リウカカント/ リウカカント」より)

2012/06/07

海沼武史作品展 『宇宙服を着たアルヴォ・ペルト』/ infinity


中村明博+米谷崇亜プロデュース
海沼武史作品展 『宇宙服を着たアルヴォ・ペルト』

 写真の向こう側へ 
 生にとって 
 美とは 何か・・・
「現実」とは ・・・


期間:2012年7月3日(火)~7月29日(日)
場所:青山アン・レーヴ  
住所:〒107-0061 東京都港区北青山2-12-20 
問合せ:03-5770-8473
時間:12:00~19:00  ( 休 / 月曜・祭日) *最終日17:00まで

レセプションパーティー
2012年7月7日(土) pm5:00~pm7:00 入場フリー


2012/05/18

<海>が見える場所まで / the Oceans

海に浮かぶ船をまねて
カモメがそれに気づくように

生きてゆくための口実が
教え込まれた数多の意味が
三千音階の潮風にやられ
途方に暮れる
さすらう者たちの胸から
出て行った
逃げて往く
多くの祈りや涙の棺どもの来歴を
忘れ去り
この夜に乗る
声をまね
目的をもたない波紋の手招き
カモメがそれに気づくようにと
人は
人であることを
速やかに 終わらせた

ようやく
晴れ渡った空の向こうにひろがる
中心のない
無限の軸が明滅する闇の響きに感応し
コトバをもたない星たちの生成消滅を
その何億ものヒカリのドラマが
垂直に
誰の身体に突き刺さる
誰の身体に突き刺さる
水平に
海に浮かぶ船をまね
カモメがそれに気づくように
恒星の微笑みが
銀河の自在さが
僕のがさついた願いを奪い去る
記憶が作り上げた時のざわめきも消され
震える最後の“わたくし”の死を見届けながら
人は <海>が見える場所まで 
あと数歩・・・

善という切ないコトバの連なりが
悪と重なるようにして
もだえあうこの国では
正義と不正の顔つきの区別もつかぬ
虚無と希望の幻が滲み合うこの場所で
惑星の激しい息づかいと共に
人は はじめて
この世の<自然> その心づくし
「生」そのものと化す。

2012/05/07

ポートレイトの仕事 / calligrapher Shika




先日、書家・紫花さんから依頼され、彼女のプロフィール用のポートレイトを撮影しました。

2年前の夏、僕は彼女のプロモーションビデオ『書家・紫花/calligrapher Shika』を制作しましたが、レンズ越しに彼女を見詰めるのは、もう久しぶりのことです。故、それなりに緊張しますし、撮影中は極力私的な感情を抑制し、ただただ、彼女の“書”からは見出し難いであろう、またはプロモーションビデオにおいては薄めざる負えなかった田中紫花という人間存在のエスプリを、凛とした、清澄な芳香がふっと溢れ出す瞬間を、待ったのです。

人を撮影するという行為、これは一体どういう意味があるのだろう?
こういった問いは、たぶん写真家として決して手放してはならないような気はしますが、ポートレイト撮影時の現場の醍醐味とは、被写体も撮影者も予期せぬ瞬間が場を拓く「一瞬」にあります。
被写体が、女性であるか、または男性であるとか、こういった身体的文化的コード、その条件付けられた性別観念を超えてしまう、そういった“視”が起こってしまう瞬間・・・、うまい言葉が見つかりませんが、ポートレイト撮影は、風景と向かい合う姿勢、態度では近づけない何か、魅力、作法があります。

「表情」、もしくは種々の「ポーズ」という引き出しをもったフアッションモデル、撮影慣れしたタレント、鏡の好きなナルシスト、俳優さん以外は、まずカメラという冷たい機械を前にして、その無表情なレンズには抵抗感をいだきます。「撮影」という不自然、その滑稽さに耐えられない、これはある意味で正常な反応であり、被写体、人は、柔らかな羞恥心から、なかなか「素」の表情は見せてはくれないものです。そこで、凡庸なカメラマンは、その不自然さを無化しようと、軽はずみな言葉を投げ、被写体の自己愛などを刺激し、乗せ、誘導し・・・、「存在」はますます上辺だけのもの、表面的なものとなります。浮わついた言葉によって現れてくるだろう被写体の顔、表情とは・・・、ああ、僕はまったく興味がもてないですね。

話は変わり、ムービーとスチールのちがい---。ムービーで描ける事とスチールでしか表せない事、これはね、ほんと恐ろしいぐらいあります。ファインダーやレンズを通し、この三次元世界を二次元化して描く、この機能は同一ですが、実際は、まったくの別ジャンルですね。と、当たり前の事実を書いているのですが、どうもこの“事実”について、強烈な自覚を持っている人、視覚を得ている人はあまりいないようです。


2012/04/06

ユリイカ / EUREKA-17

... for example, ceasing imperceptibly to feel himself Man, will at length attain that awfully triumphant epoch when he shall recognize his existence as that of Jehovah. In the meantime bear in mind that all is Life—Life—Life within Life—the less within the greater, and all within the Spirit Divine.

EUREKA:A PROSE POEM. BY EDGAR A. POE.





Anonymous (14th century) - Istampita In Pro

2012/03/22

樹の匙・スプーンの佇み / the sound of the wooden spoon


designer:Yoshitoshi Egashira
craftsman:Jyun Osumi


今回アップした写真は、舞台美術家・江頭良年によってデザインされ、yagateの木彫職人・大住潤によって彫り出された木製のテーブルスプーンです。
材質は、ケヤキと胡桃---。
写真では判別できませんが、ケヤキは凛とした、はりのある風情で、胡桃の方はよりまろやかな風合いとなります。
そして、このスプーンの要は、たぶんステンレスや金、銀、または真鍮のスプーンでは味わい難き口当たりの良さ、またはその“静けさ”にあるような気がいたします。舌にやさしいと言いますか、辺りの景色を壊さない様に、生き物としての食品、料理をしとやかに包み込み、人の口へと誘います。そして、舌の上に載せた際の感触、すっと離れゆく余韻・・・。

写真では確かに伝えられない事があります。
実物を見、手に取り、口元によってはじめて知覚できることがあるのです。

2012/03/03

陸前高田にて / EUREKA-5

September 2011


Awake...

Ooh great creator of being
Grant us one more hour,
To perform our art
And perfect our lives.

We need great golden copulations,


-the Ghost Song by James Douglas Morrison-

2012/02/12

リウカカント・コンサートプログラム / Riwkakant Program 2.11


「リウカカント」プラネタリウムコンサート
日時:2012年2月11日(土)
時間:18:30~20:00
場所:つくばエキスポセンター in プラネタリウムホール

*写真 -maiplanetarium-

2012/01/08

リウカカント・プラネタリウムコンサート / Riwkakant' first live


リウカカント( Riwkakant )のファースト・コンサートが、つくばエキスポセンターのプラネタリウムホールで開催されます。
チケットのご予約は、1月17日より。こちらにて受付開始です。




*このブログの読者の方々にすれば、リウカカントのコンサートとは、意外に思われるかもしれません。
なぜならリウカカントは人前での“表現”、ライブは行なわない主義の音楽ユニットである事をしばし公言して来たからです。が、今回、プラネタリウム番組『アイヌの星』とのご縁により、また、センター学芸員・菊川さまのご情熱に導かれ、つくばプラネタリウムホールでは初めての音楽コンサート、リウカカントに取りましても初のショウを、開催させていただきます。