2024/09/12

写真集のメイキングレポート⑬

〜西行について〜

12世紀の歌僧西行の辞世の句に「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」とあります。

「虚空ノ如クナル心ノ上ニオイテ、種々ノ風情ヲ色ドルト云ヘドモ更ニ証跡ナシ」と断じている者の心、証跡ナシとは、現象世界(種々の風情)が確かに実在しているという証拠となる痕跡はないと、そんな彼の千里眼から生まれた言葉であることを踏まえ先の辞世の句の内に入ってゆくと、この和歌の裏面には子供のような無邪気さと笑いに包まれている西行の姿が見えて来るようです。己の死について思い巡らしながら、実はまったく自分が死ぬことについて気にもしていない、彼特有の輝くようなユーモアが。

西行は、四季折々の風情を詠んだ歌人として知られていますが、「自分が歌を詠むのは、遥かに尋常とは異なっている」という明恵上人に洩らしたこの言葉、感慨には、この世界の全ての現象、事象は移り変わり、そこに恒常不変なるものはないという空観(emptiness)があるようです。
では、なぜ歌を詠むのか?

それは花や雪、月という無常なる対象を通して不滅なるモノや事を歌の中で、歌を通して甦らせようとしたからでしょう。なぜなら、歌うことが、まさに彼にとって至福の瞬間だったからです。
僕が西行をとても身近に感じるのは、たぶん似たような視座を抱えて写真に取り組んで来たからかも知れません。

西行の心象とは、この世に生きる、あらゆる人間がやがて通らざるを得ない天上の歌が遍満する欄干のない橋だと思います。
 

 


2024/09/11

写真集のメイキングレポート⑫


 〜芸術作品と真理について〜

芸術作品の限界とは、それが人間の知覚機能に依存している点です。
たとえば、眼の見えない者にとってダ・ヴィンチの「モナリザ」は存在しません。耳の聞こえない者にバッハの「フーガの技法」は存在しない。さらにアフリカやアマゾン奥地の村で生まれ育ちそこから一度も他所へ出たことない人間たちにモナリザやバッハは存在しません。
つまり「アートワールドの観衆に提示するために制作された種類の人工物」である芸術作品とは、ある限られた世界、限られた人間、限られた知覚者たちにしか歓びをもたらすことが出来ないのです。
もし絶対的、普遍的真理があるとするなら、それは芸術愛好家にとっても、アフリカやアマゾンの原住民にとっても、等しく享受され得るものでなければ真理、真実とは言えません。真理とは、環境の違いや人種の差、身体能力もしくは身体的な障害や知覚レベル、思考能力、経験値などの差、物理的な条件等々はまったく意に介せず、あらゆる人間に公平にもたらされるものでなければならないのです。故に、芸術作品とは、真理そのものではありませんが、その作品を鑑賞する者の意識に、知覚を通じて真理を呼び覚ます役割は担っています。
真理は、時代や状況の推移に影響を被ることなく、永遠であり、人間の思考や感情、知覚の制限なども受けないはずなのです。


では、話しを飛躍させて、真理にとって人間の、あらゆる生命体の死とは何か?
時間と空間が混ざり合ったこの地球、宇宙で起こる〈死〉とは、人間の知覚に依れば「事実」かも知れません。が、絶対的な真理からすれば、これは「真実」とは言えません。なぜなら、真理とは永遠の謂いであり、死は水平の時間軸上の現象であり、空間という場(これは量子の世界でも同じ)を必要とするからです。
ではなぜ死があるように見えるのか?もしくは死を知覚するのか?
それは、人間の知覚自体が永遠なるものではなく、あくまで真理を垣間見るためのジャンプ台、限定された道具だからです。

時間や空間を必要とする人間の芸術作品とは、たぶん真理を映し出す鏡、美しい影なのでしょう。
真理を指し示す〈標〉としての芸術作品。
ただ、芸術作品を特別視、重要視しなくとも、あの空、あの山、海も川も、そしてたぶんあなたも僕も、あらゆる森羅万象が織りなす形象すべてが真理からすれば標であり鏡と言えます。

この夢幻的世界、この世界内では、身体に縛られた時空間上の知覚を通じて真理に触れる、呼び起こす機会を人間に鮮やかに提示することが本来の芸術家の仕事ですが、実は最も大切なことは、芸術作品という現象世界に現れた知覚の産物ではなく「芸術体験」の方です。
自分たちの内と外を無効にする〈真理〉を体験すること。なぜなら、それは時間と空間から解放される瞬間であり、死や人間であることからも〈自由〉になることだからです。

では、どこに悲しみがあるのか?

芸術作品とは、〈真理〉への接近、これを可能とする非二元的代替物であり、芸術体験とは、まさに真理を知る、思い起こす再生の瞬間なのです。 

(と、一気呵成に書いてみたが、まとまんねー)


2024/09/08

写真集のメイキングレポート⑪

 

〈写真集のメイキングレポート〉と題して、その時々に思いついたことをつらつら書いていますが、昨夜「今度ブログに親父の写真を載せようかと思ってんだよね」と、只今写真集のデザインワークに専心中のつくしに何気なく振ったら、「え?!写真集に入れない写真を載せてもイイの?」と返され、「あれあれ?ブログのメイキングレポートに付けた写真は写真集には載せんけど」。

今回の2冊の写真集には人物写真、ポートレートは1枚も出てきませんが、なんとなくこのブログ、経過報告的な文章に人物写真をアップしてしまうのは、たぶん、言葉にするとダサいな、まぁ、人から人、人と人、その関係性から生まれる何かだから。

このブログのメイキングレポート⑥で使用した写真は土建屋の社長で、ときおりウチに絶品生卵のお裾分けに来る人。
メイキングレポート⑨の女性の方は、今年の6月に逝去されたつくしのお母さん。「葬儀用に必要!」と言われ、ふと「なんか随分前に撮影したよな〜」と思い出し、慌てて写真ストックの中から引っ張り出し、無事葬儀に使われたもの。

自分が撮った写真が葬式に使われるのはかなり変な気分だけれど、「あぁ、確かはじめて葬式に使われたポートレートは親父の写真だったよなぁ」と懐かしくなり、先日イルフォードの印画紙の箱の中に無造作に放り込まれた過去のストックを物色してみたら、あらら、1枚のプリントが出てきた。

だいたい葬式に使われるポートレートは総じて不吉で、別に故人の顔写真を最期に飾る必要なんてあるんだろうかと訝しく思うタチなので、来るべき葬儀のためにある人間のポートレートを撮るなんてことはあり得ない。「なになにの為に撮っておこう」と言う感覚がそもそも僕には無いし、それはとても悲しい撮影動機のような気もする。もっとも日本の葬式の在り方、その仕組みや段取りについてもめちゃ懐疑的……。
ただ、自分が撮ったポートレートが葬式に使われるのは、親父の時にはまったく気づかなかったけれど、つくしの母さんが亡くなって、葬儀場で遺影として改めてその写真に触れた際にはあまり嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、光栄に思った。

故人を偲んで、というのはまるで違う。
追悼はあくまでも個人的なものであり、自分の意識のある内は故人と共に在り、だからその人間の一等美しい表情を胸に置いておきたい。

 

⁂今回の写真集のデザイン担当つくしのブログはこちら

2024/09/05

写真集のメイキングレポート⑩


〜ブックデザインについて〜

本の装丁、写真集の表紙、中のレイアウト等は、僕がアイデアだけ出して、あとはカミさんにお任せします。

ブックデザインや本の体裁は、こだわろうと思えばいくらでもこだわれるのですが、予算の都合上、高級志向はほぼ放棄。
たとえば、写真が印刷される紙はマットにするのか、それとも半光沢?その紙の種類は?質感、手触り、厚さは?ブックカバーは付けるのか?箱入りの豪華本にするのか、思い切って桐の箱に入った写真集は?と、キリがありませんが、今回の僕の2冊の写真集に関して言えばそれはあまり本質的なことではなく、逆に、与えられた条件下でどうやったら効果的なモノを作り出せるのか、そのイメージの到来に心開いている方が面白い。

ちなみに世の中のパッケージデザインに触れてひどく感心したことが2度ほどあります。
ひとつは、ニューヨークに住んでいた頃、友人の奥さんを通じて「ティファニーブルー」を始めて目にした時。
2度目は、カミさんの友人からのフランス土産アラン・デュカスのチョコレート、ロゴがデボス加工されたピエール・タションのパッケージデザインに触れた時。
この2つは、いわゆる本の装丁、ブックデザインではありませんが、中身、内容、意味を包み込む身体、入り口やドア、お店の看板に相当すると言う意味では同じこと。素晴らしい仕事、感覚だなぁと感嘆しました。

友人や仕事仲間、理解者からの寄付金を募り、今回のような形で写真集を作らせていただくのは、これが最初で最後となりますが、写真集の内容が内容だけに、またその経緯ゆえ、装丁とかパッケージデザインという外装、外ズラにこだり過ぎるのはちょっと違う、カッコ悪いなと感じるのは、たぶんに10代の頃に聴いていたロック音楽の影響によるもの。

確か70年代後半のカリフォルニアを舞台にしたアメリカ映画の中に、ときおり新聞配達員が新聞の束をドサっと玄関先に投げ込む、朝の訪れを伝えるシーンがあります。早朝の柔らかな空気と瑞々しい朝日が射す庭付きの一軒家が立ち並ぶ長閑な通りを、新聞配達員が走りながら、郵便ポスト下の芝生の上に小気味よく新聞を放り投げるシーン。日本では見かけない光景ですが、そんな潔さで、皆さんの元へ2冊の写真集が届けられたら「なんかいいなぁ」と、勝手に思っています。

 


2024/09/02

写真集のメイキングレポート⑨

 

引き続き、写真集のための写真の並べ方、編集について書きますが、そもそも編集とは、肝心の1枚1枚の写真に力が無ければ、いくらどう並べ替えたところであまり実りはないです。

写真集のための編集作業とは、あくまでも1枚1枚の写真を丁寧に選び抜き、どのような展開、ページめくりをすれば撮影者の世界観が読者により伝わり易くなるのか、ここが肝心なところです。
1枚1枚の写真のトーン、感情、音色を読み、数珠玉のように繋いで、そこから生まれるハーモニーに乗り、時に切断し、これはリズムとなり、ある一定の緊張感を保ちながら、それぞれの写像が無意味な潰し合いや凡庸な意味深さは回避し、偶然性には心開き、そこに直感を呼び込み、遊び心やユーモアも大事にする。そして総体として、あまり押し付けがましくならないようにその写真家の歩みを描くことに、その醍醐味はあります。
ただし、こういった写真集、編集の嗜好性は、僕の好みと言えば好みなのです。


たとえば、写真編集の妙技と言いますか、僕が今まで腐るほど見た様々の写真家たちの写真集の中で1番「見事だな〜」と感じたのは、ロバート・フランクの『アメリカ人 "Les Americains" 』(1958年)ですが、フランクの写真表現自体は、私的な物語り性を濃厚に帯びてしまうので、僕の写真表現のスタイルとは異なります。

僕がいわゆる写真を使っての物語り、物語性にあまり興味がないのは、人類はそれこそ天文学的な数の物語をすでに持っているという歴史的事実と、物語りは時間の存在を容認してはじめて成立するという物語の条件についてやや違和感を持っているからです。


写真とは一瞬の出来事の記録、表現なので、この一瞬、刹那とは、〈永遠〉を開示しうる唯一の時間となります。写真は映画と違い、過去から未来へと経過する横軸の時間を切断する「斬り込み」を可能とするメディアなので、瞬間と瞬間を繋ぎ、時間経過があるように見せかけつつ、目指すべきは〈永遠〉であり、これを垣間見せる瞬間を写真は提示できると考えるからなのです。

あ、もちろん物語りの内に〈永遠〉がよぎる瞬間はあります。

 


2024/09/01

写真集のメイキングレポート⑧

 

昨夜は、写真集の編集作業が大詰めを迎え、「ん、このまま行った方が良いな」と、夜12時ぐらいまでPCモニターの前で粘り、僕がらみの作業をあらかた終わらすことができた。

これはモノづくりをして来た人、いや、職業人には分かると思うが、「今がダッシュ!」というゴーサインはたぶん本能的なもの。が、その合図はこれまでの長い経験によって裏打ちされている(と、思いたい)。

写真の編集、画像の微調整は、その日のコンディション、眼の状態だったり、光源、自然光や部屋の明かり、写真の内容等、諸々の影響を受ける。

昨夜は、よく見えた。もちろんそれがやって来るまで実はずっと泥棒や張り込みデカのように待っていたのだが。

で、満足感と疲労感がジョイントする布団の中で、ふと若い頃の暗室作業を思い出していた。

当時は、昼間にフィルム現像、夜は紙焼きと、かなりシンドイ地味な作業をしていたな~と。

暗室用レッドライトの不気味な暗がり中で、フツーに明け方近くまでプリントしていた。ザ体力!今じゃ考えられない。そんな写真にまつわる作業を15年ぐらい続けて、デジタルの時代が到来し、フィルム現像タンクや超どぎつい化学薬品、さらに暗闇の中での液体まみれの作業から解放された時には、実はせいせいした。

もちろん、そのモノクロフィルム、ベタ焼き、白黒プリントは散々やって来たで、そこで養われた微細な視覚はアナログ、音で言ったらレコード体験?そーいった経験を通過した上でのデジタルだから、アナログ経験を通過していない人たちよりアナログの恩恵が身体に染み込んでいるんで感覚的には多様でしなやか。()

デジタルに移行して、写真をPhotoshopでごちゃごちゃ弄らないのもモノクロのプリント、紙焼きをして来たがゆえ。さらにデジタルに移行し、あまりモノクロ写真を撮らなくなってカラー写真ばっかもまたそれが理由。

写真は、この世に誕生してまだ200年ぐらいの新参モンだが、その写真がどのような工程で上がって来たのか、アナログ工程か、それともデジタル?ここら辺にはさほど執着していない。どっちだって良いのだ。上がり、写真がどうかだけ、ポイントは。時代の道具を使って時代を越えるような予感をその作品の中に込められるかどうかだけ、1番重要なのは。

p.s あ、普段は夜の10時ぐらいさっさと寝ます。

 


2024/08/29

写真集のメイキングレポート⑦

写真は撮影がすべて。
撮影は、一瞬にして永遠を捕まえる身心脱落へのアプローチのひとつ。またはブレイクスルーのための遊び。
この意味づけは、人によっては失笑ですが、この意識的な実践は、撮影者に眩いばかりの世界が開示する瞬間を与えてくれます。なのでひとつの撮影作法として有効な考え方なのです。

……と書き出して、「んー、でもどうなんだろうなぁ」と思う。
今回、僕の思い付きによって写真集の制作プロジェクト、というほど大袈裟なものではないが、友人(僕側の友人はめちゃ少ない)、ほぼカミさんの友人たちを巻き込んで、というと聞き捨てならないが、ご協力とご支援をいただき、こうして写真集編集作業の過程を、たまに写真をアップしていただけのこのブログ、文章を書くのが嫌になりずーっとご無沙汰していたにも関わらず、謝意の気持ちから再び書き始め、でもここに来て、なんか文体というか文章が「よそ行きっぽい」感じが。ちょっと間違えたら、まるで政治家の街頭演説「皆様のご支援あってのわたくしではありますが、この度は……。」
ただ、写真について、自分がその時々にどんな思いを持って撮影していたのか、以前は自分の胸に閉まっておけば良い派だったのが、なぜか不思議なほど自然に崩れだし、制作時の思いや写真や芸術に対する思いについては書けない、書けるんだったらそもそも音楽や写真なんかやらんでしょ!が、「あらあら?けっこー書けるもんだね」と、これも友人たちのご厚意により機会を与えられ〈場〉が生まれたからこそ。

と、つらつら書いてますが、ただこの〈写真集のメイキングレポート〉の言葉には嘘も誇張もありません。人によっては、ちょっとその視点どーなの?ってのは多々あるかも知れないけど、言葉や文章ってのはそもそもそー言うものだから、もう暫くお付き合いください。


2024/08/27

写真集のメイキングレポート⑥

 

神話に登場する怒りっぽくて嫉妬深い(ニンゲンが想像創作したニンゲン臭い)神ではなくて、破壊や攻撃性とは無縁な、ちょっと僕たちには想像できない完全無欠、非対象であり、崇高に崇高を重ね重ね、それで支配することも知らず、ただただ愛することだけを本然とする〈神〉が、もし突如眼前に現れ「愛してる」なんて告白されたらどうなんだろう?

たぶん僕はその瞬間今まで味わったことのないような羞恥にかられ、居ても立っても居られなくなり、途方もない恐ろしさに駆られその場から一目散に逃げ出してしまうことだろう。
そんな姿が、いま、見える。 

この世界とは、〈神〉から逃れるために心によって作り出された妄想、夢物語であると言う説もあるが、確かにお釈迦さまもこの世はマーヤ、幻想であると仰った。

この視座、モノの見方は大変気になる。
この視座を可能にした場所、境地が一体何処にあり、またどうやってそこに立てるのか、が。

いずれにせよ呼び名は何でも良いのだ。〈神〉、神の愛とは、もうこれ以上言語表現が不可能な無記、時間や空間によって決して変化することのない完璧な愛の謂いだ。

人間がこの世で最も恐れているのは実はこの愛なのだ。と、そんな仮説を立ててみた。

いやいや、神の愛などという大仰な言葉を持ち出す必要もない。
実は昨年8月、人生初の強鬱状態に陥った時のことだ。僕は生まれて初めてまるまる1ヶ月!離職していた。(おヒモ時代もあったがそれについてはまた。)
で、その休職中に、長野に住むミュージシャン、今は自然農法で米を作っている友人に会いに行った。久方ぶりに会った友人が淹れた美味しい珈琲を飲みながら、互いの近況報告や昔話しに花を咲かせていたら、突然、何かが動き始め、空間は真っ白になり、彼から途方もない愛が僕に向かって放たれた。その瞬間、僕はその愛の壮大さに怯み、たじろぎ、ひどく動揺し、咄嗟に身構え、自分という意識の輪郭がグニャグニャと溶け出してしまうことへの恐怖を感じた。

人でも神でも良い、真実の、どストライクの愛を丸ごと受け取るということは、日常の生活で当たり前のように慣れ親しんだ時間と空間が溶け始め、ファナー فناءの大海原に飛び込んでしまうことなのだ。つまりこの自我(ego)を完全に放棄、手放す瞬間でもある。それはある意味自分の内なる祭壇に気づく一瞬かも知れないが、自他の区別を崩壊させる愛の源泉を怯むことなく「観る」瞬間だったのだろう。
後日、僕は友人からそんなことを教えてもらったことに気がついた。

撮影している時は、恥ずかしながらいつも愛と歓びの只中にいるのに、その長野の安曇野での彼との会話中に起こった体験が引き金となり、僕は柄にもなく愛について深く考えるようになった。

そして愛は、やがて感謝する心へと導く。
感謝とは、愛と同様、「傷つきたく無い」という恐れと防衛の感情によって張り巡らされた心の周りを取り囲む大小様々の分厚い壁を溶解せさる。
なぜ? 
心本来の姿である心の自由自在性を蘇らせるためにだ。



2024/08/25

写真集のメイキングレポート⑤


 ~写真家の写真集とは、写真を使った言葉のない著作~
 

コマーシャルフォトグラファーと写真家の写真の違い、その立ち位置の違いについて説明します。

コマーシャルフォトグラファーは被写体を「どう見せるか?」に比重を置きます。これは、クライアントの要望やその写真がどんな媒体に使用されるのかを意識する必要があるからです。これは当然、撮影者の主体的な「これを撮りたい」という情動、根底的な初動が抑え込まれます。
では、写真家の撮影の流儀とは?
彼らはもっと原始的、本能的に世界に触れようとします。そして、「私は見た」を起点にし、次なる「見る」へと繋げてゆきます。つまり、その「見た」を軸として、どこまでも「見る」を深めてゆこうとするのです。
これが写真家の基本姿勢なので、コマーシャルフォトグラファーの眼や意識とは、その背景そのものが似て非なるもの。ただ、コマーシャルフォトグラファーの撮影は失敗が許されない、待ったなしの独特な緊張感の中で進行します。それに比べ写真家は「今日は上手く撮れなかったから、まぁ、明日また撮りに来れば良い」。
 

" 君には世界がどう見えるんだい? "
 

「見た」「見た」「見た」を重ねてゆく。
写真家の写真集には彼らの生存の証のようなもの、彼または彼女の考え、思想のようなもの、流行を無視した独自の美意識、生き様、その足跡などが入り込んでいます。そしてやがて、この世界とは?この現象界とは?被写体とは?自分とは?観るとは?撮影するとは?関係性とは?そんな事を考えるようになります。

そして「光」とは?
 

" なぜ世界がそんな風に見えるのか君は知っているのかな? "
 

できれば、自分が与えた命題への現時点でのささやかな回答が、今回皆さんとの関係、ご協力の元で生み出される写真集の内に含まれていることを望みます。