2010/02/17

ジャニス・ジョプリン讃 / Ms.Janis Joplin



ジャニス・ジョプリンの歌声を初めて聴いたのは17、8の頃だから、これも今から30年ぐらい前の話だね。
彼女の代表的な作品と言えば「サマータイム」や「メイビ」、「コズミックブルース」「ムーブオーバー」辺りなんだろうけど、僕はね、この「リトルガールブルー」って歌が一番好きかな。
ジャニスの、まるでネイティブ・アメリカンのような激しさ、のみならず、非常に“母性的”な面が、膨らみのようなものが、きらっきらっと弧を描くようにして揺れている感じがね、「ああ…」と感慨深くさせるんだね。
テキサス生まれのソバカスだらけの芋ネエちゃんが、もの凄いボーカリストだったなんて、夢のサンフランシスコでいきなりスポットライトを浴びて、それでも不器用丸出し、まるで洗練されずに、27歳でヘロインの致死量オーバー、それであの世逝き。

彼女のようなボーカリストは、もう出て来ないだろう。

2010/02/15

郷右近富貴子の場所 / Ms.Fukiko Goukon



今宵は、以前このブログでもご紹介させていただいた郷右近富貴子(敬称略)の歌声を届けたいと思います。
それで注意深い方々には、僕のちょっとした遊び心などはすでにお見通しかと思いますが、最近このブログ内でご紹介させていただいた著名なミュージシャンのビデオ、音楽は、あくまでも僕が“過去”において聴いて来た作品、歌声であり、楽曲であります。
では、今回アップさせていただいた郷右近富貴子が歌うアイヌの唄、実はこの唄、この作品こそが僕にとって「今の歌」なのです。
なぜ、いつ作られたかも不明なアイヌの唄を、作者不詳の「ウポポ」を、アイヌの血が一滴も流れてはいない僕の身体、僕の感覚が「今の歌」であると感じるのか...。あの、僕はアイヌの宣伝マンでもなければ、その民族の一員に加わりたいとか、そのような些事、全く考えたことありませんよ。


唄ヲ 聴イテクダサイ 
ソシテ 観テゴラン 
ソレハ 私タチノ心ノ奥ノ奥ノ方ニ 
スデ二・・・在ルデショウ?


2010/02/14

井上陽水讃 / Yosui Inoue



ではでは昨晩に引き続き(?)今宵もまた美しい唄をご紹介させていただきます。
井上陽水の「招待状のないショー」(1976)です。

誰ひとり見ていない 
僕だけのこのショー
すきな歌を 想いのままに
招待状のない ささやかなこのショー
恋を胸に 闇に酔いつつ

声よ 夜の空に 星に届くように
声よ 変わらぬことばとこの胸が
遥かな君のもとへ 届くように

この唄は、リスナーへ、つまり僕たち「ニンゲン」ですが、実はニンゲンに向けては歌われていないのですね。
普通に、あまり注意せずに聴けば、いわゆる「ラブソング」、遥かな君へ向けて歌われたラブソング、ってことになりますが、「遥かな君」という表現、「星に届くように」という表現、その他諸々の言葉の選択眼と連なり、サビにおける異様な「転調」の仕方を正視しますと・・・・・・たぶん、すでに僕が何を言わんとしているのか皆さん理解したかと思われますが、古代の社会でニンゲンの「唄」、もしくは「踊り」、儀式と言うのものは、すべて神々に向けられていましたから、さすればこの陽水の「招待状のないショー」とは、民族意識を(ネガテイブな意味で)凌駕せざるおえなかった放蕩息子、つまり「自意識」の境界、そのぎりぎりの線上での歌、表現、作品ということになりますね。
いわゆるポップス、歌謡曲(?)、決してロックとは呼べない(ちょっと生ぬるい)ジャンルに位置する井上陽水という音楽家は、僕はそれこそ30年近くも(意識的に)国内外の様々な音楽を聴いてきたけれど、ちょっと異例な存在ですね。あまり知性という言葉は使いたくないんだけれど、彼ほど知性を充満させた歌、ニンゲンにとっての普遍的な<コト>を扱った歌を作り得た現代のミュージシャン(もちろん作品内における井上陽水です)は、あまり類例がありません。
たとえば、19世紀のフランスの詩人アルチュール・ランボーの代表的な作品に『地獄の季節』というのがありますが、その一節に、「俺は架空のオペラとなった。」という表現があります。架空のオペラ、この意味は「俺はオペラを歌わざる負えないが、リスナー、観客というものが1人もいないから、このショーは、このオペラは“架空”のものでしかない、“架空”としか呼べない」ということですね。で、ランボーは「声よ 夜の空に 星に届くように」と歌ったか?彼は20歳代前半には詩作を放棄し、アデンへと旅立ちましたが、それは「遥かな君」という存在を、たぶん触知できなかったからではないでしょうか。
ちょっと話が込み入ってきたので最後は気分転換に「帰れない二人」を。

2010/02/07

写真展のご案内 / EMON SELECTION Vol.1


僕の写真シリーズの内で、「the BUSH」(1994~1996)というタイトルを付した初期のモノクロの仕事があります。BUSH、雑草の意ですが、実はサブタイトルに-Biography of Light-、「光の履歴」または「光の伝記」という視覚にたいしての指示を、鑑賞者へのささやかなヒントになればと、まあ、野暮なんですけど、見所を言語化しています。
このシリーズが完成した1996年、今から14年も前の事ですが、この写真シリーズの入ったポートフォリオを持って、ホウボウのギャラリー、それこそ国内外の写真関係者のもとへプレゼンに行きました。もちろん、発表の場、機会を得ようと・・・ね。でも、「the BUSH」という写真シリーズの反応は、どれも、あまり芳しくないものでした。ですから、当時はどこにも発表する場所がありませんでした。(コノヤロー!だね。)
このシリーズが、はじめて、公の場所、ギャラリーにおいて展示されたのは2006年6月、東京は広尾にある「エモン・フォトギャラリー」という所でした。つまり、白日の下にさらされる、まで、10年間もかかってしまったわけです。
今回、来週の火曜日からはじまる「セレクション展」というのですか?そこに、「the BUSH」シリーズから6点が展示されます。どうぞ興味のある方は足を運んでみてくださいね。ちょっとアクセスがやっかいなんですが、1ヶ月近く開催しているようなので、他の写真家たちの仕事もふくめ、どうかよろしくお願い致します。

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エモン・フォトギャラリー・セレクション展の第一弾として、当ギャラリーがお薦めする4名の作家による常設展を開催致します。
展示作家は、宮原夢画、西野壮平、西山尚紀、海沼武史の4名です。

【会期】 2010.02.09(TUE)→2010.03.05(FRI)
【開館時間】 平日11:00~19:00 土曜日~18:00
【休館】 日曜日・祝日

EMON PHOTO GALLERY / エモン・フォトギャラリー
〒106-0047 東京都港区南麻布5-11-12 TOGO Bldg.,B1
tel : 03-5793-5437

2010/02/02

雪化粧 / N-04A



2.2.2010

今日は雪が降り、現場は中止。
この写真は、早朝の裏高尾。
ちなみに我が家は炬燵派なんですが、ニューヨークで生活する以前、阿佐ヶ谷での暮らしの内に炬燵というものは存在しませんでした。
帰国し、やはり炬燵が一番かな、と。
最近、カミさんはパン作りに凝っていまして、この炬燵は、パンを発酵させるのにも使われております。

雪化粧、昔の日本人はほんとうに洒落たコトバを・・・。

2010/01/27

滲有無 / the Pit of the Soul


忙しい日々が続いている。
朝6時半起床。7時20~40分頃には家を出、その日の現場までの距離、町並みを、足早に撮影する(これは携帯電話で)。そして誘導棒をふり、案山子のように、成す術がないね、頭を下げ、人や車を招く。奪われてしまうのは個人名だが、慣れてしまえばこれはこれで清清しい時間。ある種の精神修養につながる。
そして、昼休み。毎日、カミさんが作るオニギリ2個、ポットに容れた温かいお茶とともに、これを15分ぐらいで済ませ、残りの45分間を撮影にあてる。
毎日、毎日、現場のロケーションが変わるから、この仕事に就いていなければまず足を運ばないような地区、町を散策することができる。ふと、視えて来れば、撮影、撮影…。
休憩を終え、またずっと立ちっぱなし。配置につき、人や車、工事車両を誘導する。辺りが真っ暗になる頃、午後5時~6時には開放となり、帰り道、美しい、艶やかな夕暮れの町を、オレンジ色に染まる空を、撮影しながら帰る。(これはキャノンのPowerShot G10で)。
家に着き、夜7時に夕食。30分程で済ませ、7時半頃には2階の仕事部屋に入る。PCに向かい、この2週間ほど、堀内幹の、high tail studioで録音したスタジオ音源のエンジニアリング、およびミックスダウン、サウンドスケープの作業。
前々回、このブログで紹介した堀内幹のアルバム『one』、彼の演奏はまったく問題ないが、僕にはまだ遣り残したことが。ちょっと納得がゆかず、ずっと懸かりっきり。
人のサウンドをいじるとはどういうことか?
人の歌声や演奏を、ただ録音するだけなら誰でもできる。ボタンひとつで、機械がしてくれる。僕はなにも関与する必要はない。いや、サウンドスケープ、ミックスダウン・・・これらの作業は、嫌がうえでもその演奏者の「存在」と相対することになる。その柔らかな秘密に触れることとなる。それが、時として苦しい。だが、うまくゆけば、歓びに繋がる。
「作品」を生むとは、ひとりではできない。寄り添うて、寄り添うて、和して同じない友愛の軌跡のうちに、たぶん育まれてゆくものなのだろう。
夜11時~12時までには就寝、明日の仕事(週休1日)に備える。

2010/01/23

床絵美+オキ / Toko Emi and Oki



では、2010/1/14(木)『吉祥寺MANDA-LA2』にお越しになれなかった方々のために、ちょっとその模様を、ね。

ほんとうは、堀内幹(敬称略)のPVづくりの素材をと、それが主目的、でも「絵美のも録っておくか・・・。オキさんとの競演だからなあ」と、手持ちの莫迦ちょんカメラの動画機能を使用しての撮影、だからこのアイヌの唄『サランペ(サランベともいう)』、「よし、これで十分」と、演奏の最後まで録音しておりません。が、ちょっと素敵なギグ、競演でしたよ。

おおきな、そしてとてもさり気ない、ひとつの“夢が開いてしまったような、感じでした。
その感じ、雰囲気というか、オーラの一端を、この動画から、皆さんには感じてもらえるでしょうか?

2010/01/03

パウル・ツェランの栄光 / Paul Celan



昨日、グーグル検索で遊んでいたら清野賀子写真集『至るところで 心を集めよ 立っていよ』というページと出会った。
彼女の死後、ある編集者が編んだものだ。タイトルが素晴らしい。
 ―至るところで 心を集めよ 立っていよ―
誰の言葉と思いきや、ドイツの詩人パウル・ツェランの晩年の詩、言葉・・・。たぶん、編集者が決めたのだろう。
これは、故・清野賀子らしい。大きな言葉をいただいたものだ。だが、この言葉の元に集められた彼女の写真、仕事は、かなり凡庸なものだ。弛緩している。

「至るところで 心を集めよ 立っていよ」

この言葉は、実際、彼女のファースト写真集『The Sign of Life』(2002)のサブタイトルにこそ相応しい。

<本書について>という文を読んでみると、かなり無闇な言葉が並べられていた。
「・・・スナップショットともプライベートな生活の記録とも異なる、独特のヴィジョンが立ち上がっています。」
独特のヴィジョンは立ち上がっていない。
清野賀子写真集『至るところで 心を集めよ 立っていよ』、この中の清野賀子、彼女の仕事の水準、視の強度、方位等を測定することはさほど難しいことではない。
ただ、ふと、ダイアン・アーバスの死後、彼女の娘によって編まれたあの途方もない仕事、アパチャーから出版された『Untitled』という写真集のことを思い出していた。

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Paul Celanの栄光 (2004.8.29)

昏い 意識の痕跡が
黄金の 叩き鑿を
工作し

かれ は 言葉の大理石 
あと

古の黙
その明くる日の言葉たち を
顕わにせんと
絶滅収容所の裏地にて
まばゆい小径を横切って 逝く者の影

 *荒地を眼の袋のなかに 詰めよ
生け贄の叫びを 潮を、

*ぼくと息をしに来い
そして それを超えて出よ

やがて 青空を呑み込んだ
セーヌ川の水面へ 還る



記された歴史
記されることを拒否した歴史
くちうつしくちうつされた
あめのしずくのもと
みずのたまりがえがく
歴史とは
しるされることなく
くちうつしくちうつされたながれるよるの
なみだにかかる
にじいろの音韻
肉眼ではみえぬ
響きのカラダをもった 言葉たちの光景
しんじつの
ゆめの くさのしとねをふるわせる
琥珀のかたまり
われる
あざやかに
やみを
くいやぶるかのように
ヒトまえに
あらわれる
*くっきりと、遠くまで、ひらいている

栄光



*引用・パウル・ツェラン『暗闇に包み込まれて』中村朝子訳(青土社)
 
 
 
 

2009/12/28

破壊(創造)せよ、と彼女は言った。/ N-04A



たぶんぼくは、もう振り返ったりはしない、だろう

めくるめくヒカリの元で、撮影している瞬間(トキ)が 

消え入りそうな予感 と “無”へ うながす 

豊潤な風のオンガクに包み込まれ

滲みあうものたちの夢のない眠りのフィールドへ