2012/02/27
2012/02/12
リウカカント・コンサートプログラム / Riwkakant Program 2.11
「リウカカント」プラネタリウムコンサート
日時:2012年2月11日(土)
時間:18:30~20:00
場所:つくばエキスポセンター in プラネタリウムホール
*写真 -maiplanetarium-
2012/02/07
2012/01/26
2012/01/08
リウカカント・プラネタリウムコンサート / Riwkakant' first live
リウカカント( Riwkakant )のファースト・コンサートが、つくばエキスポセンターのプラネタリウムホールで開催されます。
チケットのご予約は、1月17日より。こちらにて受付開始です。
*このブログの読者の方々にすれば、リウカカントのコンサートとは、意外に思われるかもしれません。
なぜならリウカカントは人前での“表現”、ライブは行なわない主義の音楽ユニットである事をしばし公言して来たからです。が、今回、プラネタリウム番組『アイヌの星』とのご縁により、また、センター学芸員・菊川さまのご情熱に導かれ、つくばプラネタリウムホールでは初めての音楽コンサート、リウカカントに取りましても初のショウを、開催させていただきます。
2011/12/30
舞台美術家・江頭良年のお店(仕込ミ中) / in Preparation
新年2月上旬-。舞台美術家の江頭良年さんが、セカンド・ビジョンとして、長年の夢だった“ネルドリップ式珈琲とオリジナル欧州風カレー”の店、その幕を上げることになりました。
上記の写真は、その「仕込み中ノ図」ですが、オープンの日に向け、氏は、慌しく、その知恵と筋力、艶やかな美意識をフル稼働しているご様子でした。
舞台美術家のお店! 一体どんなお店になるのか、もう今からワクワクです。
そして下記は、来年3月、東京シティ・バレエ団の「ロミオとジュリエット・全2幕」のチラシですが、この公演の舞台美術は江頭さんが手がけます。
2011/12/01
2011/11/07
2011/09/18
陸前高田にて / EUREKA-1
今月の初め、まだ台風12号が西日本をうろうろしていた頃、撮影の仕事で岩手県は陸前高田市へ行って来ました。
ここ裏高尾から車で10時間ほど掛かりますが、不穏な天気がつづく中、クライアントのスケジュールの都合により、とりあえず強行、晴れの日が来るまで、現地にて粘る、車中泊万全の四駆を走らせ・・・。2泊3日、結局、雨は止まず、編集者と連絡を取り、仕切り直しをする事に。そしてその第二週目、またひとり現地へ。あの、大きな津波が押し寄せた、町まで。そこで、2泊3日。
仕事の依頼がなければ、僕は陸前高田へ行くことは無かったでしょう。まして、撮影など・・・。
多くの人間をさらっていった海沿い近くに車を止め、夜、明日の撮影に備え、すこし腹に何かを入れておこうと、湯を沸かし、キャンピング・チェアーに座り、カップヌードルをすする。神妙に、語り始めた波のことば、その響きに耳を澄まし、煙草を吸い、インスタント珈琲をいれて、ひとり満点の星空の下で・・・。
もちろん、僕の内の常識の輩は、「よくもまあ多くの命を飲み込んでいった場所できみは寛いでいられるものだね」と。だが、撮影の都合上、僕はそこで眠る、此処に車を止めるしか選択肢は無かったのだ。
ニュースの映像を通しのみ見知っていた場所が、今、僕を包み込むようにして、眼前に在った。
何千もの言葉や想いが湧き上がろうとする僕の思考、心の習慣、これを切断するかのように、皮膚を撫でる海からの生暖かい風、波の音、すでに草花たちが一番に根を下ろし、荒涼とした砂浜に命のオーラを与えていた、そこに住み着き始めた虫たちの鳴き声が、僕の、一人っきりの、夜をやしさく満たした。ずいぶん遠くまで来てしまったという感覚に襲われながら、少しずつ、僕の過去の思い出、数々のシーンが浮上して来ては、「それはすでに夢なのだ」と、静かに遠のいていった。
地球と名付けられた“宝石”の上で、独りで在ることが、あれ程まで自身を充足させてくれることだとは、予想していなかった、ある大きなギフトと呼べば良いのか、月明かりに照らし出された陸前高田、そのうつろな光景、夜と供に、海や、草たち、虫の音と、僕は、そこに居て、身体的、形態的な差、視覚的な区別、区切りなどは、まるで無意味なことのように感じていた。それは、無限の瞬間だった。
2011/08/31
宇多田ヒカル、その明るい孤独 / aloness
宇多田ヒカルさんについては、以前、一度だけ、このブログで触れましたが、彼女が他の日本のポップシーンで活躍する、もしくは“した”ミュージシャンと一線を画している、画していた事実を、今回はもう少し明らかにできればと思っています。
ちなみに上記にアップさせていただいた動画は、YouTubeの宇多田ヒカルさんのチャンネル、hikkiチャンネルから、そこに彼女の代表作PVがアップされているのですが、個人的に、現在の心境的に、この『Wait & See ~リスク~』を選んでみました。
僕は、宇多田ヒカルさんの音楽、彼女が作り出す楽曲の一ファンですが、彼女のすべてのCDを持っているでもなく、その活動期に、コンサートを見たことも無ければ、精緻に、歌詞カードを見つめ、確認作業をしたこともありません。ただ、「予感」として、そのデビュー当時から、また、直感的に、彼女の音楽は様々な媒体で取り上げられていましたから、耳にする機会はかなり多く、それで度々、「あ、(主旋律を)そう動かすかあ」とか、「この人の歌はラブソングだけれど、これは個人に向けられたものではなく、ちょっと祈りに近いものがあるよね」という、彼女の類稀な“才能”にたびたび感心させられていた、というより、宇多田ヒカルという一人の人間の“奥行き”に、共感を覚えていたのです。
では、この『Wait & See ~リスク~』、僕はその歌詞をネット検索によってはじめて知ったのですが、彼女はこんな言葉を、あまり目立たないように、記します。
変えられないものを受け入れる力
そして受け入れられないものを
変える力をちょうだいよ
・・・・・・・
どこか遠くへ
逃げたら楽になるのかな
そんなわけ無いよね
どこにいたって私は私なんだから
これらの言葉、あまりにもさり気ないのですが、皆さんはどのように感じるのでしょう。
そして、これは宇多田ヒカルのファンが作ったツイッター「宇多田ヒカルbot」からの彼女の発言ですが、
わたし、極限まで集中できることが一番の能力だと思っていて、曲作りでも歌っているときでも、極限の集中状態まで昇りつめていくと、すごく居心地よくて、懐かしい、気持ちいい場所まで突き抜けるんです。
家の窓を全部開ける。ドアも開ける。えい、壁も壊しちゃえ。すると、空間はつながり、一つの空間になる。「自分」の境界線が消える。あらゆるものが無限に流れ込み、無限に解放されていく。
ものごとの本質に近づこうとすればするほど、自意識というものが邪魔になる。自意識を消すためには、外の世界に全感覚を開かないといけない。
生まれ変わっても自分を自分だと思うのならば、今とまったく同じだと思うんです。だから特に「変りたい!」とか、生まれ変わったら何になるとか考えないですね。
生まれ変わっても自分を自分だと思うのならば、今とまったく同じだと思うんです。だから特に「変りたい!」とか、生まれ変わったら何になるとか考えないですね。
と、他にも気になること、かなり本質的なことを、彼女は自分の言葉で語っていますが、20代の人間が通常考える事、内容ではないですよね。さらっと語っているところがまた清清しいです。
そして、これは彼女の特異な生い立ちが、環境が、そこに向かわせたと考えるのはすこし安易ですね。人間の、猥雑な営み、この混沌の世界にあって、誤魔化さず、いや、誤魔化せず、「なぜ?」という問いを、生きてしまうことから、まったく逃げようとしてこなかった、いや、逃げられなかった一人の人間の、誰にも共有されることのない、また、これを望みもしない、無垢な祈りの姿がありありと見えてきてしまうのは、僕だけでしょうか。
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