2009/02/17

知覚の扉/The Doors of Perception



海沼武史写真展 『Kind of Blue -青の韻律-』より


知覚の扉が清められたなら、物事はありのままに、無限に見える。

If the doors of perception were cleansed every thing would appear to man as it is: infinite.

『天国と地獄の結婚』から
ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757年11月28日 - 1827年8月12日)
 
 
 
 


2009/02/11

ソレハスデニソコニアッタ



海沼武史写真展 『Kind of Blue -青の韻律-』より


*明日12日(木)から、ぼくの展覧会がはじまります。
広尾『エモン・フォトギャラリー』での個展もこれで5回目。
2006年1月に「John's Run -犬の教え-」というタイトルで、1回目の個展が開催され、なんだあかんだあと、この3年の間に5回(2人展、グループ展を併せれば計8回)。
写真展、作品を発表したくても場所がない、プレゼンかけても断られ、「じゃあ貸し画廊では?」金がない、そんな時間をかなり長い間過ごしてきたから、現在のぼくはかなり恵まれている方だと思います。でもね、ほんとあてもなく撮りつづけてきたよ。いや、あてなんか撮影している最中には考えない、吹き飛んでしまって、歓びとか痺れのような感覚に呑み込まれていただけですが、きゅーっと立ち止って考えるに、もう20年以上パチャパチャやっているんだね。馬鹿ですね。ならず者だね。もっともっと上手い生き方があったんじゃないかと、・・・ん~、ローリングストーンズ!ならず者の涙。帰る場所が、点ではなく「面化また空化」した放蕩息子だって思わず啼いてしまうものなのです。「なぜぼくは、きみは此処に在るのか?」と。
13日の金曜日、明後日ですが、個展会場にて午後5時よりささやかなレセプション・パーテイーを開催いたします。入場はフリー。ブルーな方も、元気な方も、どうぞお気軽にお越しください。
もし、ぼくのブルー、<視>と、皆様方の<視>が交錯する瞬間があるとするなら、もうそれだけで十分なのです。
その時、たぶんぼくたちは「ソレハスデニソコニアッタ」という声を、同時に耳にすることになるのかもしれません。

 

 

2009/01/15

海沼武史展 『Kind of Blue -青の韻律-』 Takeshi Kainuma Exhibition



来月「エモン・フォトギャラリー」にて写真展を開催いたします。
ぜひ一度ご覧になってみてください。


期間:2009年2月12日(木)~3月7日(土)
場所:EMON PHOTO GALLERY エモン・フォトギャラリー 
〒106-0047 東京都港区南麻布5-11-12 Togo Blog.,B1
平日 11:00~19:00 土曜日 11:00~18:00 日曜祝日休館
 
 
 

2008/12/31

この日、あの日


とりたてて、甘い気に包み込まれて、居た風ではなし、今年も、「あっ!」という間に、オワリが近づきつつ、が、「今日寝て起きれたら、今日」に揺れる者らは、「来年」というコトバも知らず、毎日が新年、真実はアヤフヤ、あかるい陽だまりにつどう音の活躍に、ただただ見、聞き惚れていたのでした。
努力なされた方々も、悲しみに暮れた人々も、親をうしない、子をうしなった方々も、株やゴルフに思う存分興じた居場所のない方々も、人の世は長いようで、「実」はほんの一瞬、すべて、良いではないか、全て、が、「生」である、生と死の架け橋に心在り、この世に酔い、あの世にあそぶ、それぞれの小さき感情の波間にて、身体を連れ、あっち行き、こっち行き・・・、そして静かな夜更けは唯一朝日の仕業・・・、あの日は、今、ここにて思い出す者らのすぐ傍らに在り。

 


2008/12/14

ピカソ・青の時代 / PICASO - blue period



上の写真は、1901年ピカソ「青の時代」の自画像ですが、なんだかこの顔、ロシアの文豪ドストエフスキーの面相と相通ずるものがあると思いませんか? ほらちょうど、この頬のこけ具合が・・・。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー、1864年に書かれた彼の小説「地下室の手記」を読んだことがありますか?彼の「青の時代」のピークとは、たぶんその頃なんでしょう。(いやいや、彼は死ぬまで「青の時代」だったのかもしれません・・・。)
1926年に生まれたジャズ・ミュージシャン、マイルス・デイビス---。彼の「青の時代」は? 1959年8月17日、コロンビア・レコードから発売された「カインド・オブ・ブルー(Kind Of Blue)」。当時、彼の演奏は「卵の殻の上を歩くような」と称されたそうです。

「青の時代」とは何か?

それで下の方の写真は、Edward S. Curtis・エドワード・カーティス(1868-1952)という北米インディアンばかりを撮り続けたアメリカの写真家の作品が飾られたアリゾナのとある文明ホテルの一室。

たとえば、やたら言葉を費やさなくても、この二つの写真を見ただけで、これをアップした、このツインを選ぶ者の意図というか、メッセージのようなものは伝わってしまうものですが、ぼくはちょうどこの真ん中を、この狭間に在ることこそが、真に、「今」を生きることだと思っております。(やや馬鹿っぽい発言かな。)

PCのマウスやキーボード、または写真機の可愛らしいシャッターボタン、もしくはピアノ鍵盤を叩くこの手、ちょいちょい動くこの指先、これを「仕事」とした者、その手が、鉈や鋸を腰からぶら下げ、近くの荒れ果てた植林杉山に分け入り、間伐や下草刈りに勤しむ、または荒れ地になっていた畑を友人らと耕し始める、こういった経験、手や腕や足の運動のうちに、腰の使いや筋肉の動きの最中、それまで見えてこなかった、見ていなかった、忘れていた、文明の道具にひどく甘やかされた身体と意識の内側へ、未知の“実体”が、その中心めがけ、どっと入り込んでくるのでした。

 


2008/12/01

渋谷Bunkamura 『ナディッフ モダン』へ御越しください。

お蔭様で、渋谷東急BunkamuraB1 『NADiff modern・ナディッフ モダン』にて絶賛発売中の、床絵美・千葉伸彦・リウカカント・海沼武史のCDは、ご好評につき、年内12月31日まで延期販売されることになりました。
そして、同館『ザ・ミュージアム』の方では、「アンドリュー・ワイエス/創造への道程」展が、12月23日(日)まで開催されております。

お近くまで御越しの際は、ぜひぜひお立ち寄りください。



*ワイエスは真摯な作家です。
通説では、アメリカの原風景のようなものをモチーフにした、平凡な田舎にて誰もが眼にするであろう風景、「何でもない、さり気ないシーン」を描いた作家であると、認知されております。
彼が描いた作品、その画面から発散される「厳しさ」、「センス」、「緻密さ」・・・等々は、昨今のぺらぺら現代アートや、観念を張り巡らせることが今だカッコイイことだと勘違いしている絵が描けないことへの眼くらまし、マルセル・デユシャンの亡霊やトリックに誑かされている現代の作家らの仕事と比べてみますと、かなり刺激に満ちた、「本来」の視覚体験を、観る者に与えてくれます。ですが、残念なことに、ぼくがアメリカに在住していた頃に、もっとも身に沁みた「アメリカの風景」とは、ワイエスのそれではなく、あのアメリカ先住民が聖地とした、場所、「現場」にこそ在ったのです。(って、つまらぬ余談ですが・・・)

そして漠然と思うに、画家アンドリュー・ワイエスの悲劇とは、彼がアメリカというアングロサクソンにとっては歴史の浅い場所で、生まれ、「アメリカ人」として生きざるを得なかった処にあったのではないかと思っています。彼が、もし、その画業の舞台をイギリスにおいて展開できたなら、たぶんターナー(Joseph Mallord William Turner, 1775年4月23日 - 1851年12月19日)級の評価を、間違いなく手にし得た事でしょう。
ワイエスがモチーフにした数多のさり気ないアメリカの古き良き時代(?)の風景、彼はそこに自身の存在を丸ごと貫入することができず、ある種のよそよそしさを感じていたような気がいたします。たとえば、ピカソは、彼自身が選んだ画題、またはモデルについて、全くぶれていない事を確認することが出来ます。(余談でした。)

 


2008/11/16

試写/映画『金糸雀(かなりや)は唄を忘れた』


先の投稿でもご紹介させていただいた映画『金糸雀は唄を忘れた』の監督(+編集・脚本)・赤羽健太郎氏が、我が家までお越しになられ、監督ご持参のPCとHDに収められた映像データを、僕が普段使用している22型ワイド液晶モニターへ送り、本日、ささやかな試写上映会が、近所に住む床絵美(この映画の出演者の一人であり、またその歌声を聞かせている)とその子供達、そしてカミさんも交え、拝見させていただきました。

僕は、スタッフの一人として、この映画制作に積極的に参加しわけではなく、たんなる「楽曲提供者」に過ぎませんので、今はここにやたらなことは書けません。批評、または感想は、この映画を見る鑑賞者一人一人に委ねたいと思います。
が、一言、野暮なことを書かせてもらうならば、もしこの映画をじっくりと味わいたいなら、鑑賞者の心は「静まりかえる」必要があります。しかしこれは、製作者サイドの不躾な要求ではなく、あらゆる芸術、「作品」というものに、触れるための基本的な態度というものでしょう。心が、静まり返らなければ、本来、モノは観えてはこないし、それは、隠された「告白」はしてくれないからです。

この映画『金糸雀(かなりや)は唄を忘れた』は、かなり抑制の効いた「編集」が施されていました。この「抑制」の利かせ方は、監督は30歳ですが、そこに監督の美学、美意識を感じることが出来ます。また、音楽の使い方、これを導入するタイミング、手さばきが、とても上品で、エレガントです。

「金糸雀は唄を忘れた」・・・。カナリアというのは、現代人である僕達を指すメタファーですが、僕達は、一体、「唄(inochi)」を取り戻すことが出来るのだろうか?
ただひとつ言える事は、監督であり人間・赤羽健太郎は、この映画作りの全工程によって、ようやく、あの「唄」を取り戻しつつあるのかもしれません。

2008/11/15

Yuta in Bronx


ユタ♂ at John's Run

最近のテレビ番組、ドラマ、CMなどは、軽はずみに、人間の心情面に訴えかけようとする作風、そんな類の演出または台詞が著しく増えたなあ〜と感じるのは僕だけでしょうか?
「繋がってる」とか、「ぼくがきみを守るから」とか、「(何々)・・・だから」とか、なんだろうね、「信じているから」とか・・・、いちいち言葉にせざるを得なくなったんだろうね。
僕などは、たぶん皆さんご存知なように、ニンゲンの「負の感情」というか、ネガテイブな局面を、その暗がりをかなりこまめに探索してきましたから、この21世紀という「感情の時代」について、・・・・いやまて、ユタについてすこし書こうと思っていたんだ。
ケモノはいいよなあ、自然体で。
余計な言葉、未来の不安というものを持たない完全無欠のシンプルライフ、そう「一張羅(イッチョウラ)」だよね。
僕らはたぶん余計なモノを持ちすぎてしまったのかもしれない。が、いわゆる自給自足生活をはじめるってのもなんだかちがう気がする。その理由は、たぶん長くなりそうなのでここには書きませんが、いま、じぶんの足元、眼前に広がる場所、此処で、つかめない者は、たぶんどこいっても、どんな暮らしぶりに変えても、ほんとうに確かなこと、死の恐怖を蹴飛ばしてしまうくらいの「生の横溢」や銀河即我々体験、もしくは「ん~、世界はマーヤ(幻想)だったのか、でもサイコーさ」などなど、けっして手にすることは出来ないでしょう。犬の姿形をとったユタは、そんなことを僕に言葉ではなしに「態度」で教えてくれました。
この表情、イイでしょう。犬だって、「人間」なんですよ。
 
 

2008/11/14

Daguar in Bronx


ダグア ♂ - at John's Run

・・・いちおう、アメリカの闘犬です。かなり強いです。
この「John's Run」という名のドッグランの親分でした。
うしろに見えますのはそのオーナー、アダム。男優ショーン・ペンのような気質の男でした。
写真を整理してたらほいっと出てきたので、気まぐれにアップしてみました。
(木製テーブルの上、タバコ箱の上になぜか(?)置かれたセルラーフォンの形がやや時代を物語っております。)