ひふとひふが (July/17/01)
ほのぐらいトイをかさね
迷うほどにヤミに暮れる
ここに来て何処にとまる
懐かしい彼の地の鎮まり
瑠璃色のツミをたばね
しらずしらずミチに迷う
いづれ妖しいヒトのよ
安らげるトキも来るか
ひふとひふがふれあえば
流れるかなよのかなしみ
落ちるかなよのざわめき
果てるかなよのくるしみ
かぞえかぞえた彼岸の骸
ひふとひふがふれあえば
ただひとりわれはさとる
世は
余ははるかいにしえの事
一昨日に引き続き、SANPEこと千葉伸彦のトンコリ演奏をお愉しみください。
それでこれは余談ですが、今月末、僕はカミさんと供に阿寒のアイヌコタンへ行く予定です。
一ヶ月ぐらい前、事の成り行きで(?)、いや、星の誘惑により、日川キク子さんの元へ挨拶に往くことになりました。
たぶん、郷右近富貴子さん、その母上である床みどりさんにはかなりのご迷惑をお掛けしつつの小旅行になるかと思います。でも、今回のショートトリップは決して僕にとっては“旅行”ではないのよね。
数年前、一度だけ、阿寒に足を踏み入れたことがあります、という言い方も変ですが、これは千葉伸彦さんの研究、フィールドワークのお手伝いで、フォトグラファー海沼としての同行でありました。千葉さんご自身も、ミュージシャンとしてではなく、アイヌ民族音楽の研究者という立場、阿寒地方に古くから伝わるウポポ(うた)を採譜化するためのレコーデイング、記録、調査等が主な目的でありました。
しかし、アイヌ民族の文化、またはその伝統音楽の研究者ではない僕はひたすら暢気なもので、「ああ、床絵美の歌声が育まれた場所はこういった空気と温度が流れていたのか・・・」と、かなり千葉さんにご迷惑をお掛けしたことを思い出します。それで、第二回目の調査の折にも、千葉さんから「また阿寒に往かない?」と誘われましたが、千葉さんと僕の微妙な立場の違いから、ちょっとした行き違いとなり、その時はお断りしたのでした。
あれから、はじめての阿寒往きから、もう二年以上が経ちました。「もう二度と、僕はここに来ないだろうな」と、釧路空港へと向かう車の中でひとり心に決めたことを、さらっと、まるで無かったことのように胸底に沈め、「奥さんも連れていらっしゃいよ」という床みどりさんの一声により、また、床絵美の配慮(?)から、カミさんご同伴ということとなり、「(んー)」、今から、すでに少しばかり緊張しつつ、やや気が重くもある武史さん、「ハイ!」でした。
昨日、「世田谷ものづくり学校」で、トンコリ奏者・千葉伸彦のライブがあった。
一ヶ月ほど前のことか、千葉さんから、「ライブをやるんで、撮影してくれないかな」という電話があり、「あ、いいですよ」と返事をしておきながら、ちょっと不安になって詳細を訊ねたところ、どうもそのライブの始めから終わりまでの記録映像を残したい、撮影して欲しい・・・そうな。
基本的に、僕は“記録”のための撮影はやらないので、そんな撮影は、舞台の位置を確認し、三脚でも立てて、ビデオカメラ君に任せておけば良いのだし、なにもわざわざそこまで行き、Recボタンを押す必要もないでしょう。(笑)
でも、千葉さんからの依頼なので断るわけにもゆかず(彼は滅多に人にものを頼まない)、「もし、youTubeにアップできる動画を撮っていいなら手伝ってもいいけど」と。
単なる記録映像と、“作品”としての記録映像の違いを、今ここに書こうとすれば長くなるので止めますが、とにかく、昨日の千葉伸彦のギグは最高だった。久方ぶりに、彼のトンコリ演奏、歌声を聴き、撮影しながらも、僕は思わず泣きそうになりました。
三年前に、僕はアイヌの唄い手・床絵美の紹介でアイヌの血は流れていない千葉伸彦というトンコリ奏者、音楽家を知り、彼が奏でる、紡ぎだすトンコリの音、その深い、奥行きのある“響き”に打ちのめされ、当時、僕は床絵美との共同作業、スタジオワークに専心していましたから、その勢いで、彼の初めてのソロCD『千葉伸彦 Nobuhiko Chiba / トンコリ Tonkori』のサウンドスケープおよびプロデュースのお手伝いをさせてもらいました。
あれから、早いもので、もう三年の歳月が流れました。
それで、「これは手前味噌になるから」と、今まで彼のソロCDについて書くことを一切自分に禁じて来ましたが、そろそろ書いてもいいかな、と。
CD『千葉伸彦 Nobuhiko Chiba / トンコリ Tonkori』は、たぶん十年に一度出るか出ないかの、ちょっと奇跡的な作品に仕上がったと感じております。
千葉伸彦とは、アイヌの、古くから伝わる伝統曲の“演奏家”、トンコリ奏者ですが、唯一無二、天才的なプレイヤーです。そして、トンコリ楽曲の、現存するただ一人の正統継承者かもしれません。
もちろん僕は、ここに“アイヌ”という言葉、枠を入れる必要は最早無いとは感じています。なぜなら、音楽家として、演奏家として、彼のその表現レベルは、美しい位階へと達しているからです。スペインのパブロ・カザルスというチェロ奏者が、ドイツの作曲家であるバッハ作品の天才的な表出者、演奏家であったという、その客観的事実において...。
床絵美という野生とエレガントを見事に融和させたような存在と出会い、彼女の歌声を通じ、僕ははじめてアイヌの唄を耳にしましたが、アイヌの唄、伝統曲が、いかに人間にとって根源的な響きをみなぎらせているか、“作品”として恐るべき完成度に至っているのか、これについては以前リウカカントのCDのライナーノーツで簡単に触れました。また、北海道の阿寒湖畔に現在する天才シンガー(あえてシンガーと書いているのです)、日川キク子さんについてもこのブログにてご紹介させてもらいました。
本来一人の作家であり、批評家、言葉と印象を弄ぶだけの評論家ではない僕が、非常に高度な、すぐれた表現を紡ぎだす彼らの、千葉伸彦と日川キク子のご紹介など、実はたいへん不本意なことだと思っています。もし誰かが、彼らの素晴らしさを、僕のような稚拙な言語表現ではなく、明瞭なる形式によって紹介してくだされば、書いてくだされば、どんなに有り難いことか・・・。
上記の、アップした動画は、昨日の千葉さんのライブからです。この日のライブより、千葉さんはご自身をサンペ SANPE (アイヌ語で心臓の意)と名乗っています。
アイヌ伝統曲であるとか、トンコリという見慣れぬ楽器であるとか、こういったことを括弧に入れ、なんら“音楽的な”先入観なしに聴いていただければ、演奏家としての彼の偉大さが、十分にご理解していただけるかと思っております。
p.s.この映像の音、その録音の質はあまり良くありませんし、前半、ガタンゴトン!という会場音がかなり気になりますが、その発信地は千葉さんのお二人のお子さんによるものなので、どうかご了承ください。
夏ノ終ワリ (Sep/10/01)
スクット立ッタ
樫ノ樹ニ背中ヲツケ
根元ノ膨ラミニ 身ヲアズケテ
今日 ボクハ
天ニ拓イタ夏ノ葉ノヒトツニ
変ワッテイタノダ
誰カガ
隠シテイタ
見ズ知ラズノ夜ヲ
見セテクレタ
天ニ拓イタ夏ノ葉ヨ
空ニ届イタ言霊ヨ
受ケ止メキレヌホドノ
星ノ優シイ視線ノ下デ
「足が有るなら歩けば?」ト
囁ク樹 囁イタ命・・・
柵デ仕切ラレタ
切ナイコノ地デ
スクット立ッタ樹ノ元デ
夏ノ終ワリニ
夏ノ終ワリト始マリニ
沈メテイタカナ染ミガ
スクット天マデ拡ガル
タッタ四次元ノ現象ニ
見蕩レテバカリイル
ジブン以外ノ人間ニ成レレバト
イツモ夢見テイル
多クヲ語ラナイ小動物ヲ前ニシテ
喉ヲ詰マラセテイル
戻ルハズノナイ
過去ノ記憶ヲ追イカケテ
手ヤ胸ヲ合ワセテイル
カリソメノ
言葉デデキタ
「教え」ニハ
モウ頼ルマイ
今夜ハ タダ星空ノ下デ
キミノ歌バカリヲ聞イテイル
++++++++++++++++++++++++++++++
↑の散文が書かれたのは2001年9月10日ですが、当時、僕はニューヨークのブロンクス、Riverdaleという街に住んでいました。そして翌日、あの「9.11.同時多発テロ」、マンハッタンの世界貿易センタービルが倒壊するという大惨事が起きたのです。
今日は、奇しくも9月11日で、別に狙ったわけではありませんが、あの日から、すでに9年もの歳月が流れています。ちょっと不思議な気持ちになりますね。
9月11日----。午前中、僕たちは突然の電話、高知県に住むカミさんの母から「あなたたち大丈夫!テレビ点けてみなさい!いま、大変なことが起こっているじゃない!!」という連絡が入り、事態を知りました。
暢気なもんで、現場近くに住んでいる人間が知らず、日本に住む親から教えてもらうなんて。幸い、ブロンクス・リバーデイルという地区は、マンハッタン島からやや離れた北に位置しているので、なんら被害を受けずには済みました。
そして、テレビを点けてみると、まるで良くできたドキュメント映画を見ているような感覚・・・。「大変なことが起きてしまった!!」それでも、成す術ないので、いつものように犬の散歩へと、歩いて5~6分の所にあるJohn's Runへ(それが僕たち夫婦の日課)。仲間たちと朝の挨拶を交わし、いつものように犬の手綱を解き・・・。
犬たちにとって、WTCなるものは存在しませんから、その巨大なビルが爆破されようが、倒壊しようが、数多くの人間が瞬時に殺されようが、死のうが、まるで別世界のお伽噺、普段どおり、犬たちは大はしゃぎ。でもその朝は、僕たち人間はあまり冗談を飛ばしあうことなく、皆、やたら静かにしていたことを想い出します。
その「John's Run」という名のドッグランは、高台にあったので、南の方角に眼をやれば、濛々とした煙が上がっていることをすぐさま確認出来ました。
成す術がないとき、そしてその成す術のない状態を共有せざるを得ない時、僕たち人間はあまり多くを喋らなくなります。そして、人種、そこの犬仲間たちはユダヤ人もいればユーゴの人、ラテイーノ、チャイニーズ等々と、人種的に多様でしたが、なんだろう、あの朝だけは、皆、生身の人間として、無防備な、人種を超えた裸のヒトとして、異様な時間の流れを、ただただ共有し、見つめあい、ひとりひとり立っていた様な気がしました。
もし自然災害であったなら、僕たちはまたちがった感情を抱くことになりますが、あの出来事は、あくまでも“人為的”なものであったこと、生暖かい血が通う僕たちと同じ人間によって引き起こされたという事実が、言葉にはならない状態へと、僕たちをある心理の奈落の方へと緩やかに突き落としたのでしょう・・・。
普段、John's Runに集う犬仲間たちを、「この粗雑なアグロサクソンどもめ!」とか、「ここは個人主義の末期の国さ!」とか、毒づきまくって、彼らからモンスターと呼ばれていた僕が、あの朝だけは、・・・どうもうまく言葉になりませんが、なにか、人間の一等深いところにある真の“姿”を、ありありと見せてもらったような気がしたのです。
今から9年前のこの日に起きたあの大惨事も、実はアメリカの自作自演であったとか色々言われています。が、僕たちのような庶民にとって成す術のないことが現実の裏手で動き続けていることは、たぶん間違いないことで、それもある少数の人間、グループによってこの社会が、経済がコントロールされていることも、まあ、確かなことかも知れませんね。
あの、なにが言いたいかって?
かわりに誰か言ってくれませんか?
・・・僕らはどうしょうもなく意気地なしで、また、崇高なんだ、と
はてなしの舞 (July/17/01)
はてなしのはて
そのはてまいり
そのはての國へ
さてはワカモノ
ひとり首すじに
いとうるわしき
ちょうをつれて
遍く聲にゆられ
よいと体うかし
気を祓いしずめ
はてなしのはて
そのはてを往く
こころ以て
こころ伝え
こころ以て
こころ送り
非を割るか
無を身篭り
カミくだき
カミおろし
カミむかえ
カミのみや
よのしらべ
よにしらせ
はなたれた矢
ゆくへ知らず
われをわすれ
遍く聲にふれ
めざせやあの
はてなしの國
更にめざせや
はてなしの宇
はてなしの空
町も人も離れ
あのはてなしの國にてはてなしの舞
やがてよるもひるも (July/28/04)
やがてよるもひるもめをさますだろう
自己滅却という
ことばのウラを覗くまえ
草原が
ほら 全身に
拡がりはじめた
やがてよるもひるもめをさますだろう
自己認識という
ことばのハリを消し去るまえに
朝顔が
ほら全身に
咲きはじめた
気をもんで
気をもんで
気を枯らす
医者が繁盛する時代はおかし
沖縄の民は
気の振れた者を丁重にあつかう
都会では
気の振れた者をクスリ漬けにする
病名が増え続けるこの世界
健全な人間は同情に値しない
のびちぢみのびちぢみ
ひきこもるとくべつなりゆうもなしにひきこもる
のびちぢみのみくだし
ろうじんまでもがひきこもり
ひとめをきにしてひきこもる
すでに部屋の中は世界
世界はもはや部屋の中
だれが満月に触れようとするのか
手を延ばせば
届くかもしれないというのに
ああ だれか三千年ぶんの雨を
はやく三千年ぶんの愛を
百の姓を名乗っていた農民が
スターだった時代は疾うに過ぎた
道ゆくエンジェルたちはポッチャン便所を知らぬ
芸のない成金にはどうか無人島三年ひとり暮らしを
テレビのない明るい生活
満点の星空とふるえるような闇の中で
換金できない至上のヒカリは
今もただ黙ってそこに在るというのに
だから三千年ぶんの愛を
はやく三千年ぶんの雨を
ここに降らせよ
巧妙なブレイン・ウオッシュ
顔のない神経風の悪戯か
気をもんで
気をもみすぎて気を枯らす
おおジーザス煙色の御人
あての無いココロたちの内ではやく目覚めよ
こどもをあいせなくなった親たちの集い
親たちをみとめられなくなったこどもたちの黄昏
部屋の外に住む
動植物たちがみたら さぞかしおっ魂消ることだろう
三千年ぶんの愛を
お肌の曲がり角
地球にも幾多の曲がり角はあった
地球というボデイーのお臍は
ギザのピラミッド とは?
この世の片隅で起きた馬小屋の奇跡
それは美しい物語
菩提樹の下では柔和な笑みがうまれ銀河もふるえた
世界史の裏通りでは
数多の見知らぬ覚者たちの歌声が 音楽が
今もなお響きつづけている
数千の御ワザと数十億のアヤマチ
無意識の泥濘は視界を被い
ろくでもない思考はココロを惑わす
<存在>にはあの楽園の記憶
午睡の光景 ことばによっては囲いきれぬヒカリが
びっしりと詰め込まれている
齧られた真紅の林檎
だれの仕業か
善と悪が真っ二つに割れ
善悪を知り
善悪の愉悦に酔い
混乱し 追い込まれ
ゆえ彼岸へと渡り
宗教が生まれ
此岸へ返り 芸術がうまれ
どこに置き忘れたのか
こじんてきな
すいたほれたはもういいから
はやく
はやく三千年ぶんの愛を
終わるまえに
ここが終わるまえに
まぼろしがまぼろしとして朽ちてゆくまえに
ここに降らせ
嘆きつづけた壁たち
立っていることに疲れ
人間の切ない祈りに耳澄ますことを止め
ヨーロッパの国境あたりの死の淵で
思い思いに倒れこむ
だが
こうして・・・
やがてよるもひるもめをさますだろう
