2009/10/02

色の動機 / nothing compares to you

ああ、風邪をひいてしまった。
そして朝から雨・・・。現場はまたもや中止、もう秋なんだな、カミさん手製の鍋焼きうどんを昼食に、ああ僕は、いつも身体の具合が芳しくないときにも食欲だけはある、でもまったく太らない、なぜだ?つまり交通誘導はさ、“天使のシゴト”なんだなと、昨夜、熱にうなされた頭の内にコトバは浮かび、この仕事をはじめてからまだ2ヵ月半ぐらいしか経っていなにのに、否、経っていないから、風邪ばかりひいている、この十数年間、1度も風邪をひいたこと無いのに、Aaa...この世は寒いって、冗談を綴るのもこのぐらいにして、今さっきちょっと写真の整理中にインターネットを閲覧していたら思わぬ人、懐かしいPVと再会したんで、今日は暇つぶし、病気つぶしにその方々を紹介---。
おふたりとも、僕がまだ20代後半、そう20年前に登場した女性シンガーです。皆さんご存知かな?まだ産まれてませんでした?
僕はこのブログにおいて、たまにワケワカランダロウPV、自作の音楽のための動画をご紹介させてもらっていますが、僕のベースなんぞは非常に分かりやすいというか、まあ、下記のような歌を聴いてきたんですね。
久方ぶりにシンニード・オコーナーとトレイシー・チャップマンの歌声を聴きました、20年ぶり、こんな秋雨の日には・・・うっとりする。



Sinead O´Connor - Nothing compares to you



Tracy Chapman - Baby Can I Hold You

 

 

2009/09/27

N-04A (夢のない眠り) / Mobile for Pics-2


写真は、現在進行中の新しい写真シリーズ『N-04A -夢のない眠り-』からです。

以前、このブログでご紹介した写真シリーズ『ウジェーヌ・アジェへの手紙 / Lettre à Atget 』はすでに完了し、『雅楽山禮図』については、もうしばらく、あと1,2年はかかるかな・・・粘りたいと思います。
ところで『N-04A -夢のない眠り-』シリーズ、ちょっと若々しいしょう? 
ちなみに“N-04A”とは、僕が使用している携帯電話の機種名のことです。

写真、そのシリーズについて、「どんな意図で?」とか、「テーマは?」「コンセプトは?」って、「見てわからないのですか?」といつも思うのですが、もちろん、書こうと思えばいくらでも書けるし、言葉による解説は簡単なことです。人は、言葉によって写真を分った気になり、納得して、自己投影したり、反発したり、写真にとって一等大切な、言葉では描けない“ナニカ”について、自身の感受性をフル稼働して、そこから生まれる、自身の内側で見えてくる歓びを、気安く手放してしまうところがあります。
僕は、それぞれの写真シリーズについて“直接的”に語ること、書くことを避けてきましたが、ただタイトルには、ヒント、もしくはサインのようなものを付与してきました。
今回のシリーズ『N-04A -夢のない眠り-』。写真が若返った感じがするのは、たぶん僕の“生活”が、変わったからなんでしょう。・・・これって素敵なことですよね? 写真を撮ること、「生」を継続することは、たえざる挑戦であり、実験なので、ひたすら似たような写真ばかりを撮り続けるコンセプチャル系の作家は、感性的には、非常に愚鈍、生きてはいないんじゃないかなぁ。
僕たちは皆、永遠の旅人、ナイキのキヤッチじゃないけれど、You can do it if you try... だな。


2009/09/20

『私の額装』中村明博について / Akihiro Nakamura

額装デイレクターである中村明博については、以前、このブログでも触れましたが、最近、彼は『私の額装』というタイトルにより、彼自身の額装についての考えを述べました。興味のある方はどうぞこちらをクリックしてみてください。
“額装”をデイレクションするという仕事、その営みについて、ここまで指向・思考した人は、(大袈裟ですが、)たぶんあまり居ない事でしょう。

たとえば、西洋の世界、西洋美術の歴史において、額装についてのアイデアは、所詮は作品の見栄をよくするためだけの「装飾」の域を出れなかったのではないでしょうか。作品を囲う、作品のための「衣装」という卑小な価値しか見出してこなかったように思われます。
むろん、『私の額装』における中村明博の文章は、額装という非常にマイナーな分野について書かれていますから、興味のない方、もしくはアートと聞いて思わず後ずさりしてしまうような方にとっては眠くなるような文章でしょう。
ですが、アート、「芸術」というのは、別に恐れるほど難解な怪物では無く、かなり「面白い!(ゾクゾク…)」するジャンルのひとつです。
本来、彼の文章を読むより、直に彼の仕事、額装に触れていただくのが一番良いのですが…。やがてそんな機会もあるかと思います。
写真家である僕が感じる彼、中村明博の仕事は美しい、たいへん見事なものです。透明な美感を共有、感受しうる貴重な方だと直覚しています。


(p.s.)
額装デイレクターとして、彼は「当たり前のこと」を書いたまでだ、と言えばまさしくそうですが、「当たり前のこと」とは、案外、人間存在の根底は討ち貫くほどの威力があります。実際、人はこれを真っ直ぐに「見る」ことを厭い、無意識裡に避けて通ろうとします。ですが「当たり前のこと」とは、非常に静かですが、善悪を超えた、パワフルな覚醒体験を呼び込もうとするものなのです。

 

 

2009/09/13

コマーシャル・ワークの余白にて / Commercial Works



photo by Takeshi Kainuma

警備員の仕事の狭間(?)に、商業写真、つまり依頼仕事をこなし、僕の心はイイ感じに壊れてきているのですが、もちろん従来どおりプライベート写真もパチリパチリとやっており、こちらの方は、前にも書きましたが、携帯電話のカメラ機能をもっぱら使用していて、「なんでまた携帯写真で?」と感じられる方々もいらっしゃると思いますが、この由は至極明快、一眼カメラを依頼仕事以外に持ち歩く時間、余裕が、今の僕のライフスタイルには無い、ってことです。だから以前「携帯電話写真に凝ってます!」と書きましたが、「やむべからず必要」が、現在僕が身を置いている状況が、こういた撮影スタイルを誕生させたのでしょう。

あまり自分の様式に縛られない方が良い。これは長年ひとつの事を続けてゆくと、どうしても陥りがちな「自己模倣」を回避するための技芸でありますが、先人が教えてくれた知恵、教訓です・・・。でも、今の状態、ちょっぴりキツイです。

 


2009/09/05

街の案山子、都会のヨーギたち / guardman's report


8.24.2009

昨日今日と、二日かけて終わらせるはずの現場が、そこの監督さんの配慮か、はたまた機転か、昨日一日で終ってしまい、当然、すさまじい、タフな勤務時間となりましたが、故、今日は目出度くお休みということで、そんじゃあーちょいとこの警備業務というか、そこで働く人々について、この不思議な領域で感じ、考えた事々について書きますか・・・。(久しぶりだな~文章書くの。)

え、それでアップした写真は勤務中の僕なんですが、新しい仕事にも少しずつ慣れ、車や歩行者が途切れた際などに、おもむろにポケットから携帯電話を取り出しサッサッサ~と撮影(じつは最近、携帯電話による撮影に凝ってます!)。まあ、そんな心の余裕もうまれたのでした。

んー、でも、まだ文章を書くのがしんどい。・・・この辺で。

「ガードマンズ・レポート」でした。

 


2009/08/08

星野道夫、奇跡のルート / Michio Hoshino

在米中、ある月刊誌に「TAKESHI KAINUMA from N.Y. 小夜曲」というタイトルでしばらくフォトエッセイを連載していたのですが、今回は趣向を変え、そこに書いた星野道夫についての拙文を再掲載したいと思います。

今月は、ごく最近気になっている1人の写真家について書きます。その写真家の名を、星野道夫と言います。
1996年8月、今から5年ほど前に、ロシアのクリル湖畔の小屋で就寝中のところをヒグマに襲われ、逝去した動物写真家として有名な彼のことは、皆さんよくご存知かもしれません。たしかに、星野道夫の名前はよく眼にするし、その写真については度々見る機会があります。けれど当時の私は、動物写真家たちの写真など軽蔑していたので、彼の写真については「ただのカレンダー写真じゃないか」と、さほど魅了されることもなく、「被写体に頼りすぎている内はまだ“写真家”とは呼べないのだ」と、星野道夫の写真は私の興味の圏外にありました。
ところが先日、イラストレーターであるカミさんが絵の資料のためにと買ってきた彼の写真集を漠然と見ていたら、私もここ1年あまり近所の犬ばかり撮影していたせいか、彼の写真をとても身近に感じることができたのです。かつて見落としていた、見過ごしていた「なにか」が、どさっと意識の中心に飛び込んで来て、謎が解けたというか、はじめて、星野道夫の仕事の意図といいますか、その数多の写真の連なりに、遅ればせながら「ガツン!」とやられてしまったわけです。
それで早速、『旅をする木』という彼のエッセイ集を紀伊国屋ニューヨーク支店にて購入し、精読、彼の人柄、その輪郭に触れ、今では「参りました!」という気分です。
何はともあれ、星野道夫という人物は“ただ者”ではなかったのですね。「そんなことは百も承知さ」と皆さんに笑われてしまうかもしれない。ですから、いま、ここには、皆さんがまだ気づかれてはいないだろう事を書きます。
それは、星野道夫の“死”についてですが、ニュースではこれを「事故死」として扱い、以後、思考停止しています。でも実際は、そんな単純に片付けられる類の死ではないですよね。この死について、彼の作品、仕事、彼という存在そのものを真摯に、また精密に追い駆けてゆけば、星野道夫の死が、実はサクリファイス、供儀ではなかったかと、ふっと視える瞬間があります。
異様に聞こえるかもしれませんが、あの日、クリル湖畔で、星野道夫に起こった出来事は、表面的には事故死なんですが、そういった演出法による“秘密の供儀”だったんじゃないのかと私には映るのです。(藤原新也が何かの記事に書いた彼の死に対する“読み”はジェラシーですね。)
たぶん、現代の、高度なテクノロジー社会の内側では非常に稀な、ひとつの神秘的な出来事が、あの日、クリル湖畔で起こった、彼の身に降りかかったのだ、と。
「君ノ務メハ十分デアル」と、その“声”は、一体どこから? 天から? 自然神、ワタリガラスから・・・。
故、星野道夫を襲ったヒグマとは「使者」にあたります。もちろん、そのヒグマの聖なる暴力に対する彼の叫び声は肉体器官による反応に過ぎず、精神からのものではありません。
太古の心をもってしか理解できない出来事が、あの日、私たちの記憶の一番深い層にもある、懐かしい、ひどく秘境的な出来事が、クリル湖畔で起こったのではないでしょうか。

ということを、かつて僕は書きましたが、もうすこし噛み砕くなら、星野道夫は、唯一、あのアイヌ民族が指差した処、カムイの国、「熊たちの世界」へ入ることが許された人間ではなかったか。たぶん、彼は、この世の人間の世界、営みより、野生の、僕たちが近づくことはできても、決して交じり合うことのできぬ、越境することの許されていない<向こう側>へ、大自然の生命圏、動植物らが無心に暮らす場、白銀の熊たちの聖地へと、誰よりも強烈に魅了され過ぎたゆえ、超えようとしたのではなかったか? 
生活者としての彼は、結婚し、子供に恵まれ、人間の世界にとどまることを良しとしていたが、信じがたいほど多くの神秘的な光景、無垢で、無駄のない、美しいシーンを見てきてしまった彼の無法の意思は、すでに収まりがつかない処まで来ていたのではないだろうか・・・。そして遂に入る事が許された・・・。僕はこんな風に感じる。
もちろんこんな考えは、「星野道夫を伝説化しようとしている」と思う方々もいるだろう。が、彼が伝説、神話化されたとしても、実は誰も困りはしない。事実というものは、過酷で、暢気な言葉、流行キャッチや甘ったるい表現、感傷など入り込む余地はないのだから。
そして、最後に、これはあえて書きますが、星野道夫という人は、登山家ラインホルト・メスナーのような超人的な記録を残したわけでもなく、写真家として革新的な仕事をした人でもないだろう。ただただアラスカに魅せられ、そこに在住するために、「something great」に感応するために写真を撮り、そこで考え、感じたことを綴り、徹頭徹尾、個人的なこだわりのみを生きた、普通の、ある種極端に無骨、正直で、物静かな人だったんじゃないかと僕には映る。日本人として生まれ育ちながらも、一等身近であるはずの日本人に対して、他人に対し、まったく思いやりを持てなかった人・・・。けれど、星野道夫はひとり黙々と<奇跡のルート>を辿り、向こう側へ入る事が許された・・・。

--以上です。


Yuta by Takeshi Kainuma

 

 

2009/08/02

警備員デヴュー / oh my god !

先月は、ちょいと様々な事あり、現在僕は警備員の仕事に就いています。
警備員といっても、皆さんはご存じないかと思いますが、いろいろな業務内容があって、僕がいま携わっているのは「二号業務」と呼ばれる「交通誘導警備、または雑踏警備」という、平たく言えば、あの、お馴染みの、車やバイクを運転なさる方ならちょくちょく見かけるだろう路面工事、もしくは工事現場の出入り口、駐車場付きスーパー、百貨店等の車両の入り口にて赤い誘導灯を回し、制服姿で、人や車をつまらなそうに誘導している、真っ黒に陽に焼けた顔の方々、「まさか、おれが!」と当人が一番戸惑っていますが、彼らの仲間入りをしたのでした。
「警備員」という職業について、アスファルト上で、ぎらぎら照りつける、まるでアスファルト砂漠のような極限猛暑の内にて、ひたすら一箇所に釘付けにされた状態で立ち続ける、まあ、片側交互通行のような絶えず無線でやりとりする必要のある現場状況ならいざ知らず、とりあえず4時間立ち続ける、1時間休憩(昼食)、そしてさらに4時間・・・というニンゲンのこんな仕事について、考えさせられる、考えた事は多義に及ぶのですが、なんせ、まだペイペイの身、現在心身共に疲労のレッドラインを迷走中、なにを書いてしまうやら(ほら、書いてはいけないこともあるんで)要注意、今回は簡単に、至極現実的私事の近況報告はさせてもらいました。oh my god !

p.s. 僕はほとんどニュースというものを見ないのですが、本日八王子方面(他の地は知らぬ)、ここ裏高尾はもの凄い雨です。ずうっと、雨がつづいている。