日川キク子さんの第二弾PVのご紹介をさせていただきます。
撮影に協力してくれた様々な方々、阿寒に住む人々の温かな心情に感謝いたします。
そして僭越ながら、この動画はアイヌの若い唄い手の皆さまへ贈らせていただきます。
*film and soundscape by Takeshi Kainuma 海沼武史
先日、沖縄本島最南端にあるFM局「FMたまん」にて堀内幹のCD『one』が紹介されたと、このブログでご紹介させてもらいましたが、その音源を(カセットテープ!でした)いただいたので、皆さんに聴いていただきたいと思います。
ただ、その音質が、遠い沖縄からの電波を、ここ東京の裏高尾の山の麓にてなんとか傍受したような、ミステリアス、ちょっと近頃では耳にできないアナログ感が炸裂しております。申し訳ない。
それと、これは急遽お知らせが入ったラジオ生番組だったので、堀内幹をおさえることができず、代わりに僕が出演することになってしまいました。
トーク、めちゃくちゃ下手です。緊張しました。
阿寒に行く準備をしていた前日です。
下記の文章は『堀内幹 / one 』のCDレビューです。
どうぞ読んでみて下さい。
*余談ですけど、僕の先輩に15年以上お付き合いさせてもらっているアブストラクトのペインターがおります。
ひとりの絵描きとして、僕は先輩の仕事、作品を敬愛し続けておりますが、彼は大の音楽好きでもあり、それこそ60年代70年代の本物のロックを聴き込んできた方です。
僕より一回り近く年上であるその先輩が、先々月、うちに遊びに来てくださったんですが、そのとき、こんなことを仰っていました。
「ブログ、たまにのぞいて見ているよ。それでさ、日川キク子さんってほんとすごい人だね!あと、堀内幹さん。彼はなんだかジミヘンみたいなサウンドを彷彿させるね。彼のライブ、見てみたいなあ」と。
ジミヘンみたいなサウンド、先輩はあまり説明しない方なので、ちょっと補足させていただくと、・・・堀内幹は、ジミ・ヘンドリックスの音楽から感じられるようなエネルギー、バイブレーションに近いなにかを放射している、という意味です。
僕がはじめて沖縄の地を踏んだのは確か2002年の頃だから、今から8年前の事。以来、沖縄とは無縁。
当時、僕はニューヨークで生活していたので、長い時間のフライトの末にアメリカから入国するという、ちょっと厄介な入り方をしました。
なぜ沖縄に向かったかと言えば、その頃、まだ寝起きを供にしていた犬のユタ、このユタという名前は沖縄では“口寄せする者”、つまりシャーマンのことを指すのですが、名付け親であるカミさんが異様にそこらへんの事情に精通していて、「沖縄にさ、久高島という小さな島があるんだけれど、そこに行ってみない?」と言われ、彼女が勧めてくる旅行プランはいつも突飛なものだったから、「よし、行こう、行こう!」と。
透き通るような海を眺めながらのんびり海水浴、僕が沖縄についてイメージしていたのはその程度のものだった。
久高島に入り、僕らはある中年のカップルと出会った。
この夫婦は、旦那さんのお母さんがユタより各上(?)の“ノロ”、そのノロを育てるという役割を担った中心人物、代表であり、息子さんである彼自身も母親の能力を濃厚に受け継いだ雰囲気を持っていて、さらにその彼のパートナーである奥様も口寄せする人という、いわば最強霊的カップル? 周りの風景をすとーんと静けさの中に落とし込むような摩訶不思議なエネルギーを放つ二人連れに、なぜか出会ったのだ。
「今、私たちは・・・と・・・を融和させるため・・・をしているところですが、もし宜しければ貴方たちもご一緒に同行していただけませんか?」
詳細はあまり書けないので、ぐんぐん省いてゆきますが、久高島に着いたその夜、僕たちはある民宿を予約していましたが、そのカップルの旦那さんのお母さんが生前住んでいたという実家に、「今はもう誰も住んでいませんから」と、「(泊まってください)」となり、彼らのひそやかなショートトリップ、儀式へと、同行することとなった。
どのくらいの時間を彼らと供に過ごしただろうか?
太古の、真っ暗闇の夜の海を見つめながら、波の音が全身を貫いていった。カミさんも僕も訳も分からず、ただただ彼らに付き添い、神秘的な時空間に招かれて、ちょっと口外できない、公にされていない幾つもの聖地に案内され、濃密な時間の中、ひたすらコウベを垂れ続けた。彼らとの道往きで見たいくつもの光景と霊妙なサウンドは今なお僕の内側を巡り続けている。
霊的な話、神秘体験については、人によっては煙たがるし、拒絶する人も多いので、僕はあまり直接的にはそこら辺の話しは遠慮して来ました。それは奇異な眼、誤解されることを恐れたからです。しかしこの恐れが僕の中でなぜか徐々にほどけて、もしくは神秘的な体験や霊的現象についてほとんど重きを置かなくなったからかも知れません。気が向けば話せばいいし、乗らなきゃ黙っていれば良い。“それ”は、在るとも言えるし、無いとも言えるから。
(話変わり)
最近、たまたまカミさんが見てたテレビのニュースで、朝昇龍が引退するシーンを見かけました。彼は、その最後の取り組み後、土俵ギワで、まるで大地に口づけするかのように深々と頭を下げ、一瞬、口を寄せた。
祭事や儀式というものは、その地で暮らす民をまとめるための、その風土や人が必要とし、育てた形式、作法ですが、朝昇龍がただ一人、土俵ギワに接吻する所作はひどく心を討つものがあり、なんだろう、「存在感覚」とでも言うのか、現代の日本ではなかなかお目にかかれない素敵な光景を見せてもらった感じがしました。
存在感覚とは、自分の信念や思い込みを翻すような全的知覚、全的体験の謂いですが、日本の常識、マナーと呼ばれているものの犠牲者となったヤンチャ坊主の朝昇龍が、最期に途方も無い美しさを置き去ってゆく姿はじつに見事なものでした。
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では、今夜の未完成楽曲をーーー。
タイトルは「Huna」。Funaではないよ、フナ。
以前、このブログでも案内しましたが、10月末まで開催されている「海沼武史x中村明博」展のDMに使用した写真、あれはハワイのカウアイ島で撮影されたものですが、その島での出来事がこの音楽作品のモチーフになっています。
現在、僕はPCの前で阿寒滞在中に収録した日川キク子さんのビデオ編集を終え、彼女のファミリーへのDVD郵送の手はずも整え、ややほっとしているところです。
日川キク子さんのPV制作、これは、殊更誰かに頼まれたものではなく、今回、録音・録画させていただいた筋を通す、というかささやかなお返しになれば……いや、僕の内で唐突に渦巻くものあり、その声に、衝動に突き動かされただけなのかも知れません。
二泊三日の阿寒アイヌコタン訪問。
地元に住んでいらっしゃる友人たちの暖かな心遣いの元、ゆったり揺られ、甘えさせてもらい、かなりスリリングな愉しい時間を過ごさせてもらいました。
今回の旅の目的は、日川キク子さんへ「ソロCDを作りませんか? そのお手伝いをさせていただけませんか?」という話をするのが主目的でありました。
有り難いことに、キク子さんは快く引き受けてくれました。
が、現実問題、このCDはいつ完成するのか、いや、それ以前に、CD制作のための具体的なプラン、見取り図が見えてこず、今、僕はなにも考えられずにいます。
あるシンガー、もしくはミュージシャンのソロCD作りのお手伝いを一人きりで行うということは、たぶん皆さんには想像できないと思われますが、凄まじいパワーと知力、直観力、配慮等々が要求されます。これは当然、自分のアルバムを作る以上のパワーと、厳しさ、やさしさ、刻々とした作業となります。ただ、他者のフィールドに赴くということは、信じられないほどの光景、非常に不可思議な旅を僕に約束してもくれます。他者の内で煌々と静かに燃え上がる“無限”に触れてしまう瞬間、ちょっとうまい表現が見つかりませんが・・・。でも、正直、「日川キク子」さんについて語らせていただくならば、彼女は七十三歳ですが、今だ一枚もその歌声を収録した音源がこの世に存在しない、纏まった作品集(CD)が無いという驚きが僕の中心にあります。また、他のミュージシャン、もしくは録音技師、音楽プロデューサー、さまざまな方々が彼女の歌声の神秘に触れ、早急に、彼女の数多のウポポ(唄)を録音し、世に問うべきではないのかという気持ちが強くあります。
ところで、僕がアイヌ民族音楽の研究者を好かない理由をすこし書かせていただきます。
彼らは、アイヌの唄を研究対象にし、もしくは「資料」としてこれを扱い、まるで自身の研究成果を披瀝する事を主目的とし、または、第一発見者であることに学問的優越感をおぼる小癪な私欲が見え隠れするからです。
ある個人が、ある巨きなものと出会い、もし感動を覚えたなら、理屈はさておき、これをいち早く世に放とうとするのが人間の本能というものです。故、学者とは、“今、生きて在る”ものを、整理し、噛み砕き、纏め上げ、悉く「伝統」という枠の中に収め、博物館送りにし、アイヌの唄に内在する恐ろしいくらいの可能性、「未来性」に賭けようとはしない。単に過去を懐かしむための作業に終始する方々……。
まあ、でも、研究者も大学も必要なんでしょうね。ただ、その仕事、主旨とか内容はさておき、言語による表現そのものが、うつくしいものであれば。「今」を、リアルに明るみにするものであれば。
日川キク子さんのソロCD、これは僕の不遜な夢に過ぎないのだろうか?
数多の娯楽音楽が量産され続ける節操無き現在のミュージックシーン、意味のない歌声が横行するこの聴覚世界にあって、彼女のソロアルバムを、ただ誰よりも待望しているだけなのかも知れません。
この地球上に、僕たち人間が住めなくなる日はやがて来るだろう。
人類の終焉を、せっせと早めているのは、もちろん僕たち人間なのだが、この地球から消滅するのは「人間界」と呼ばれている生態系だけだから、別に構わないか……。
しかし、問題は<音楽>。
音楽は、この世にあるべきか、あらざるべきか?
もし、この世に人間がつくる音楽、“響き”の表現体がある日ぱたっと消滅したら、僕たちは一体どうなる?
たぶん、医者と薬局が繁盛するくらいで、いや、その繁盛がまたこの世の終わり、人間界の終息を加速化するだけで、やはりこれも大した問題ではない(と、音楽の制作に携わってきた者がこんなことを書くのは問題か……。)
「無人島に一枚だけ持ってゆくCDは?」と訊かれても、電気のない、人間のいない無人島で、人間がつくった音楽を聴きたくなるだろうか?
もし、その島にカモメがやって来るようなら、かれらの鳴き声に耳を澄まし、僕たちはのんびり風と共に過ごすのさ。鳥たちの歌声、波の音がナチュラルオーケストレーション……。
やがて、僕たちは鳥たちの鳴き声に合わせ、思わず口ずさんでしまうかもしれない。
「〜〜〜〜♪」
そしてこの瞬間が、人間の“唄”のはじまりなんだ。(知っていましたか?)
アイヌの唄、ウポポとは、この唄の<はじまり>から、もっとも近い所にあるように感じる。そして今も、そこに身を置いている。まるで、自分の美しさを知らない草花のように。ちいさな恥ずかしがり屋さんのように、目立たず、ひかえめで……唄は、ただ<在る>。
ただ在る、これが一番むづかしい存在の姿だけれど、ウポポはまさに其処に在る。
たとえば、喉をウイウイすればアイヌの唄に近づける、歌えるなどと、おおきな勘違い。唄の出自(ふるさと)は、大自然が鳴らす、奏でる、無限の音色、無数の響きからもっとも近い所に在る。
たとえば、樺太アイヌのトンコリという楽器の生音がなぜあんなに小さくてか細いのか、わかりますか? 人間が意図的にたてる音が、自然界の音をけっして邪魔してはいけない、凌駕してはいけないという思想が、真心が、生活が、彼らの内に揺るぎ無いものとして在ったからだ。大自然の音、もしくは<声>を聴いていた……。
が、最近はどうよ、アイヌの唄を歌おうとする、学ぼうとする日本人が増え、皆、なにを勘違いしているのか、仲良く喉を使ってウイウイやって、恥ずかしくないのかしら?
まず最初に、唄の心(中心)というものを学ぶべきなのだ。そこに身体を拓いてゆくべき。でなければ、自分の心臓に直結した歌い方、自分の足元から淡々と膨らんでくるだろう唄い方を逃してしまう。歌い手の個性、その魂と、それぞれの喉という器官の形状または特徴に合った唄い方以外は、不毛なのだ。
アイヌの唄は誰もが歌える、覚えやすい、シンプルなメロディーだけれど、実は誰もが歌えない、歌い手の心がもろバレしてしまう、歌唱力などでは誤魔化しようのない「なにか」が秘められている、内在されてしまった恐ろしい唄、作品なのだ。だから、気軽に歌わない方が良い、貴方の素性がばれてしまう。
ところで、ネイテイブ・アメリカンのブームが去り(ちょっと乱用し過ぎたから)、次はアイヌだと、品のないスローライフな人々が、「アイヌ」というキャッチに寄り添い、利用して、“表現”することの恐ろしさも知らずに、楽しければいいんだって軽いノリで(でもその自意識だけはへヴィー級)、なんだかワイワイやっているけれども、ほんと最近の日本人ってのは節度・節操を放棄してしまったようだ。
では、唐突に、僕が尊敬するミュージシャン、今日はボブ・マーリーの歌声を。
彼は神でもヒーローでもオピニオン・リーダーでもない。ただ、奇跡的なミュージシャンだった、としか言えない。
この曲のタイトルは「Redemption song」というのだけれど、直訳すると「救いの唄」って感じか。
他のジャマイカのレゲエ・ミュージシャンはほとんど「スタイルとイメージ」で終わったけれど、彼の音楽、唄は「スタイル」ではなかった。単独的で、荒唐無稽な幻想力、想像力(愛)をもっていた。ゆえ、日本人がドレッドヘアーにしてどうすんのさ!って話。。。
Bob Marley - Redemption song