2010/10/13

日川キク子 Kikuko Hikawa / 阿寒 AKAN


日川キク子 Kikuko Hikawa : 唄 Vocal


日川キク子さんの第二弾PVのご紹介をさせていただきます。
撮影に協力してくれた様々な方々、阿寒に住む人々の温かな心情に感謝いたします。
そして僭越ながら、この動画はアイヌの若い唄い手の皆さまへ贈らせていただきます。

*film and soundscape by Takeshi Kainuma  海沼武史

2010/10/10

日本の伝統音楽 / Japanese traditional music

今日は、日本の伝統音楽をご紹介します。

この動画は、神奈川県川崎市にある洗足学園音楽大学による「伝統音楽デジタルライブラリー 」から、世界の伝統音楽をハイビジョン映像で収集するという企画のまず第一弾「邦楽」に焦点をあてたものらしいですが、面白いなあとおもい、その一部をアップさせていただきました。
なかなか、邦楽演奏の場に足を運ぶ機会をもてない方のために、いわゆる日本の民族音楽(?)、伝統音楽の魅力をすこしでも感受していただければ、もちろん、僕は洗足学園音楽大学の回し者のではありませんが、ちょっぴりワクワクしてしまいます。(おいしいモノやコトはみんなでシェア)。

彼ら、ぶれる事をまったく知らぬ演奏者のパフォーマンス、奏でる音色の内に人柄が、品位が、その人性の総体が現れてしまいますが、超カッコいい!と思いませんか。
僕がウワーッ!って感じで映像を撮りたいくらいです。たぶん小生が撮影したら、「今」の音楽として、「今」の事として“作品化”してしまうんだけどなあ。そしたらどういうことが起きるのか?
音楽のジャンル分けという横暴が、ご都合主義が仲良く横死し、伝統であるとか、古典音楽であるとか、そんな音楽の入り口に取り付けられた看板、よくある装飾語を消しにかかる、一等重要な問い、人間にとって音楽とはなにか?人間の音楽とはなにか?という“問い”だけをさらり残そうと思っているのですが・・・。

昨日、たまたま菊地成孔のインタビュー記事で、「今の音楽には毒が足らない、もっと毒を盛れなきゃ」みたいな発言を見かけたのですが、なんかとっても古臭いことを言っているなあと感じてしまうのは僕だけでしょうか。
とにかく下記の動画、音楽を聴いてみてください。毒だの悪意だのへったくりだの、そんなこたあ作品、表現にとってはどうでもいい糸くずみたいな与太、ということがすぐさま直覚できるかと思います。


「讃歌」 箏:吉原佐知子



「波頭」 大皷:荒井ふみ子 鼓:西川啓光 


 
琵琶:田原順子 ヴァイオリン:水野佐知香

2010/10/08

on 床絵美 & リウカカント radio / FM in 沖縄


昨日に引き続き、今日は床絵美の電話による「FMたまん」ラジオ番組生出演、その収録音源をお届けいたします。


2010/9/26 pm 5:00-pm 6:00

2010/10/07

on 堀内幹 radio / FM Taman 76.3 M㎐ Okinawa

2010/9/26 am10:00-am11:00



先日、沖縄本島最南端にあるFM局「FMたまん」にて堀内幹のCD『one』が紹介されたと、このブログでご紹介させてもらいましたが、その音源を(カセットテープ!でした)いただいたので、皆さんに聴いていただきたいと思います。
ただ、その音質が、遠い沖縄からの電波を、ここ東京の裏高尾の山の麓にてなんとか傍受したような、ミステリアス、ちょっと近頃では耳にできないアナログ感が炸裂しております。申し訳ない。
それと、これは急遽お知らせが入ったラジオ生番組だったので、堀内幹をおさえることができず、代わりに僕が出演することになってしまいました。

トーク、めちゃくちゃ下手です。緊張しました。
阿寒に行く準備をしていた前日です。

 
下記の文章は『堀内幹 / one 』のCDレビューです。
どうぞ読んでみて下さい。



今月最も個性が際立っていたのが、堀内幹『one』。
基本的にギターの弾き語りなのだが、時にトルコのサズやペルシャのタールのような、あるいは津軽三味線のようにも聴こえたりするギター・ストローク(サワリを付けフレットレスに自分で改造した無間棹なるギターか(?)がとてもパワフルだし、語るように絶叫するヴォーカル・スタイルにもついつい引き込まれてしまう。
日比谷カタンのペイガニズムと三上寛のパッションと因幡修次の縄文性を併せ持ったシンガー・ソングライターってとこか。要注目。

(松山晋也 「CDジャーナル」 2010年10月号から)


96年から東京でライブを始めた堀内幹は、初のスタジオ録音CD『one』(9monote 9MNT001)を発表。
アコースティック・ギターに加え、それを三味線や琵琶のようにサワリ付でフレットレスに改造した楽器の自称”無間棹”でも弾き語る。
リフレインする曲にブルースの流れも感じたが、しっとりした曲も荒ぶる魂がみなぎる曲もスケールが大きく、打楽器みたいに演奏する骨太のヘヴィな音に激しくえぐられる。
町田康が切迫感を増した如きデリケイトな野武士をイメージする歌声も吹きすさび、言葉の意味性以上に瞬間瞬間の鳴りのインパクトが強烈で、鈍く光る音の美しさに息を呑むのだ。
写真家でもある海沼武史のプロデュースも功を奏し、広大な野外でのレコーディングにも聞こえるダイナミックな音作りと、声と弦の響きの一つ一つに意思が脈動する仕上がりも素晴らしい。
二つ折りの紙ジャケット仕様の約46分8曲入り。

(行川和彦 「ミュージック・マガジン」 2010年10月号から)


*余談ですけど、僕の先輩に15年以上お付き合いさせてもらっているアブストラクトのペインターがおります。
ひとりの絵描きとして、僕は先輩の仕事、作品を敬愛し続けておりますが、彼は大の音楽好きでもあり、それこそ60年代70年代の本物のロックを聴き込んできた方です。
僕より一回り近く年上であるその先輩が、先々月、うちに遊びに来てくださったんですが、そのとき、こんなことを仰っていました。

「ブログ、たまにのぞいて見ているよ。それでさ、日川キク子さんってほんとすごい人だね!あと、堀内幹さん。彼はなんだかジミヘンみたいなサウンドを彷彿させるね。彼のライブ、見てみたいなあ」と。

ジミヘンみたいなサウンド、先輩はあまり説明しない方なので、ちょっと補足させていただくと、・・・堀内幹は、ジミ・ヘンドリックスの音楽から感じられるようなエネルギー、バイブレーションに近いなにかを放射している、という意味です。

 

2010/10/05

沖縄・久高島の思い出 / accident in Kudaka


僕がはじめて沖縄の地を踏んだのは確か2002年の頃だから、今から8年前の事。以来、沖縄とは無縁。
当時、僕はニューヨークで生活していたので、長い時間のフライトの末にアメリカから入国するという、ちょっと厄介な入り方をしました。
なぜ沖縄に向かったかと言えば、その頃、まだ寝起きを供にしていた犬のユタ、このユタという名前は沖縄では“口寄せする者”、つまりシャーマンのことを指すのですが、名付け親であるカミさんが異様にそこらへんの事情に精通していて、「沖縄にさ、久高島という小さな島があるんだけれど、そこに行ってみない?」と言われ、彼女が勧めてくる旅行プランはいつも突飛なものだったから、「よし、行こう、行こう!」と。

透き通るような海を眺めながらのんびり海水浴、僕が沖縄についてイメージしていたのはその程度のものだった。

久高島に入り、僕らはある中年のカップルと出会った。
この夫婦は、旦那さんのお母さんがユタより各上(?)の“ノロ”、そのノロを育てるという役割を担った中心人物、代表であり、息子さんである彼自身も母親の能力を濃厚に受け継いだ雰囲気を持っていて、さらにその彼のパートナーである奥様も口寄せする人という、いわば最強霊的カップル? 周りの風景をすとーんと静けさの中に落とし込むような摩訶不思議なエネルギーを放つ二人連れに、なぜか出会ったのだ。

「今、私たちは・・・と・・・を融和させるため・・・をしているところですが、もし宜しければ貴方たちもご一緒に同行していただけませんか?」

詳細はあまり書けないので、ぐんぐん省いてゆきますが、久高島に着いたその夜、僕たちはある民宿を予約していましたが、そのカップルの旦那さんのお母さんが生前住んでいたという実家に、「今はもう誰も住んでいませんから」と、「(泊まってください)」となり、彼らのひそやかなショートトリップ、儀式へと、同行することとなった。

どのくらいの時間を彼らと供に過ごしただろうか?

太古の、真っ暗闇の夜の海を見つめながら、波の音が全身を貫いていった。カミさんも僕も訳も分からず、ただただ彼らに付き添い、神秘的な時空間に招かれて、ちょっと口外できない、公にされていない幾つもの聖地に案内され、濃密な時間の中、ひたすらコウベを垂れ続けた。彼らとの道往きで見たいくつもの光景と霊妙なサウンドは今なお僕の内側を巡り続けている。

霊的な話、神秘体験については、人によっては煙たがるし、拒絶する人も多いので、僕はあまり直接的にはそこら辺の話しは遠慮して来ました。それは奇異な眼、誤解されることを恐れたからです。しかしこの恐れが僕の中でなぜか徐々にほどけて、もしくは神秘的な体験や霊的現象についてほとんど重きを置かなくなったからかも知れません。気が向けば話せばいいし、乗らなきゃ黙っていれば良い。“それ”は、在るとも言えるし、無いとも言えるから。

(話変わり)

最近、たまたまカミさんが見てたテレビのニュースで、朝昇龍が引退するシーンを見かけました。彼は、その最後の取り組み後、土俵ギワで、まるで大地に口づけするかのように深々と頭を下げ、一瞬、口を寄せた。
祭事や儀式というものは、その地で暮らす民をまとめるための、その風土や人が必要とし、育てた形式、作法ですが、朝昇龍がただ一人、土俵ギワに接吻する所作はひどく心を討つものがあり、なんだろう、「存在感覚」とでも言うのか、現代の日本ではなかなかお目にかかれない素敵な光景を見せてもらった感じがしました。

存在感覚とは、自分の信念や思い込みを翻すような全的知覚、全的体験の謂いですが、日本の常識、マナーと呼ばれているものの犠牲者となったヤンチャ坊主の朝昇龍が、最期に途方も無い美しさを置き去ってゆく姿はじつに見事なものでした。


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では、今夜の未完成楽曲をーーー。
タイトルは「Huna」。Funaではないよ、フナ。

以前、このブログでも案内しましたが、10月末まで開催されている「海沼武史x中村明博」展のDMに使用した写真、あれはハワイのカウアイ島で撮影されたものですが、その島での出来事がこの音楽作品のモチーフになっています。



 

 

2010/10/04

阿寒滞在記 / theshorttrip


阿寒湖 lake Akan



現在、僕はPCの前で阿寒滞在中に収録した日川キク子さんのビデオ編集を終え、彼女のファミリーへのDVD郵送の手はずも整え、ややほっとしているところです。
日川キク子さんのPV制作、これは、殊更誰かに頼まれたものではなく、今回、録音・録画させていただいた筋を通す、というかささやかなお返しになれば……いや、僕の内で唐突に渦巻くものあり、その声に、衝動に突き動かされただけなのかも知れません。

二泊三日の阿寒アイヌコタン訪問。
地元に住んでいらっしゃる友人たちの暖かな心遣いの元、ゆったり揺られ、甘えさせてもらい、かなりスリリングな愉しい時間を過ごさせてもらいました。

今回の旅の目的は、日川キク子さんへ「ソロCDを作りませんか? そのお手伝いをさせていただけませんか?」という話をするのが主目的でありました。
有り難いことに、キク子さんは快く引き受けてくれました。
が、現実問題、このCDはいつ完成するのか、いや、それ以前に、CD制作のための具体的なプラン、見取り図が見えてこず、今、僕はなにも考えられずにいます。

あるシンガー、もしくはミュージシャンのソロCD作りのお手伝いを一人きりで行うということは、たぶん皆さんには想像できないと思われますが、凄まじいパワーと知力、直観力、配慮等々が要求されます。これは当然、自分のアルバムを作る以上のパワーと、厳しさ、やさしさ、刻々とした作業となります。ただ、他者のフィールドに赴くということは、信じられないほどの光景、非常に不可思議な旅を僕に約束してもくれます。他者の内で煌々と静かに燃え上がる“無限”に触れてしまう瞬間、ちょっとうまい表現が見つかりませんが・・・。でも、正直、「日川キク子」さんについて語らせていただくならば、彼女は七十三歳ですが、今だ一枚もその歌声を収録した音源がこの世に存在しない、纏まった作品集(CD)が無いという驚きが僕の中心にあります。また、他のミュージシャン、もしくは録音技師、音楽プロデューサー、さまざまな方々が彼女の歌声の神秘に触れ、早急に、彼女の数多のウポポ(唄)を録音し、世に問うべきではないのかという気持ちが強くあります。

ところで、僕がアイヌ民族音楽の研究者を好かない理由をすこし書かせていただきます。
彼らは、アイヌの唄を研究対象にし、もしくは「資料」としてこれを扱い、まるで自身の研究成果を披瀝する事を主目的とし、または、第一発見者であることに学問的優越感をおぼる小癪な私欲が見え隠れするからです。
ある個人が、ある巨きなものと出会い、もし感動を覚えたなら、理屈はさておき、これをいち早く世に放とうとするのが人間の本能というものです。故、学者とは、“今、生きて在る”ものを、整理し、噛み砕き、纏め上げ、悉く「伝統」という枠の中に収め、博物館送りにし、アイヌの唄に内在する恐ろしいくらいの可能性、「未来性」に賭けようとはしない。単に過去を懐かしむための作業に終始する方々……。
まあ、でも、研究者も大学も必要なんでしょうね。ただ、その仕事、主旨とか内容はさておき、言語による表現そのものが、うつくしいものであれば。「今」を、リアルに明るみにするものであれば。

日川キク子さんのソロCD、これは僕の不遜な夢に過ぎないのだろうか?
数多の娯楽音楽が量産され続ける節操無き現在のミュージックシーン、意味のない歌声が横行するこの聴覚世界にあって、彼女のソロアルバムを、ただ誰よりも待望しているだけなのかも知れません。

 

 

2010/09/25

波長ヲ合ワス / breeze

インディアン居留地(2001)


波長ヲ合ワス (Sep/09/01)

スコシダケ
クタビレタ晩ハ
風ノ唄デモ聴キナガラ
夜ニ
波長ヲ合ワス

アノ
星ヲ隠シタ
ヤミノ内 へ
ヤシシイ ヤミノ家 ヘ

ムダノナイ
空(くう)の
ココヲ放チ
波長ヲ 合ワス
コノ夜ニ
波長ヲ合ワス

脳ミソヤト
胃ブクロマデ
足クビガ反リ返ル
モシ
マゴコロ在ルナラ
滑リ込マセテ居タイ
ソコニ 滑リ込マセテ居タイ

ヒトリデニ浮カビ
ヒトリデニ bye
カラダノコトヲ忘レ
内ヲ外ヘ
外ヲ内へ
ヒックリ返シテ闇雲ニ
ヤサシイ
ヤミノウチへ
アノ
フクヨカナ 初マリノ方へ

産マレル前ノコト
ドーモ
忘レテシマッタ 
ヨーダ
死ンダアトノコト 
モ ナゼカ
忘レテシマッタ

連レテユケルモノナド
何ヒトツナイカラナ
名前モ形モ
ソーダ 気楽ナモノダ

波長ヲ合ワス
コノ夜ニ
波長ヲ合ワス


2010/09/24

ぜつぼうのうた / the Last Resort

ヘンリー・ハドソン公園                                                   John's Run


ぜつぼうのうた (Aug/01/04)

ぜつぼうのうた
ぜつぼうはゆめ
ぜつぼうのくち
ぜつぼうのうち
ぜつぼうをしに
ぜつぼうのはて

絶望とは
よくいるモダン
足踏み外さぬ
ドウショクブツには無縁の贅沢
コトバ食べて生きる僕らのドストエフスキー
エクリチュールの水死体
意味をめぐるフーガの技法
うっとりとまあ耽溺
絶望は 欲望の裏山こえて
つましい日だまりで消されたか
ほら コトバ悶えた
意味は困った

ぜつぼうのうた
こえなき草花
メロデイーはやさしさ
母音から見捨てられた孤児
子音からのあやしいギフト
蛇の目だらけの現場にて
とうざいなんぼくうおうさおう
どうしてうたがうたえよう
どうしてうたがうまれよう

蝋燭を点し
のびるぜつぼうの影
鉱物たちの思考のしじま
ぜつぼうのち
書斎に飾られた髑髏と
コトバを食べしのぐポーの酩酊
最期のタンゴ
ノヴァーリスの華

ぜつぼうてきなしかい
詩?
むしの詩 史の死
されどコトバの売人にも生活あり
肉体あり
食事の時間だバスタイム
寝たり起きたりルールにのまれ
日々のやりくり脅し脅され
暗がり探索は最早時代遅れ 
(恥部を照らす明かりの強度が怖いから)
ぜつぼうのはてのうらのうらかた
詩策とは
つまり陽気な人の為せる技
どうしてうたがうたえよう
どうしてコトバがうまれよう

 彼女をベッドに運ぶまえに
 ピタゴラスは夜々に唄をあたえた

(希望がなければ絶望なし?)

きぼうのうた
ぜつぼうをわすれ
クウをとりだす
きぼうのうた
おもくのしかかった
せつない濁音が
いっせいにコトバの罠から解き放たれ
意味をうしない軽やかに
せんばんへんげ
ため息の傍でそっと服をぬぐ妖精を
みごとよるのすみずみまで
無限のやさしさを添え
神殺しの惑星として悪名高きこの地にて
ひとりベッドに誘うのだ
ほかの惑星まで 届くようにと
妖精のなきごえにあわせ
きみがしずかにきぼうをうたうのだ

どこから連れてこられたのか?
なにを教え込まれてきたか?
ひとびとのふかいそのねむりをめがけ
夜と石
コトバなき住人と供に ドウショクブツのもと
むすうの星々のライトをうけ
きみがひとりしずかにきぼうをうたうのだ

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では、今夜ご紹介する曲は、アメリカ西海岸のイーグルス(Eagles)ってバンドの『ホテル・カリフォルニア(Hotel California) 』の最後に収録された曲「ラスト・リゾート(The Last Resort)」。
このLP(当時はレコードのことをLPとかアルバムって呼んでました)がアメリカで発売されたのが1976年、僕がこのアルバムを購入したのが高校一年の頃、だから1978年、二年遅れ。
当時、洋盤はリアルタイムで日本発売されず、だいたいその一年後ぐらいにレコード店に並んだんだけれど、イーグルスなんて、優等生的な感じがして馬鹿にしてたから、“まじ聴き(まじぎき)”はやや遅れたんだね。
その頃の感想は、なんでこんなクライ、重いアルバムがアメリカで空前のヒットを飛ばすのさ、ちょっと分からないなあ、でもイイ、素敵!!と、結局レコードが擦り切れるまで聴いていました。
歌の内容なんて、実は昔からほぼ興味がなかったんで、なぜって人が歌っている、何を言っているかわからない、でも痺れてしまうんだからデクショナリーは無用、つまりロック音楽において歌詞の正確な内容なんてもんはどっちでも良かったわけ。“意味”を聴いていたわけではないから、ね。
で、なんとなく今回この散文をアップしようと思ったところ、なぜか、イーグルスのこの曲がひょいと鳴って、早速検索すれば曲名は「ラスト・リゾート」。なるほど、確かにそんなタイトルだった。見覚えあるある。ついでだから歌詞の内容はと検索すればありました、ちょっと長いんだけど、興味のある人はここを参照してください。
それで改めて歌詞の内容を知れば、「へーっ!」て感じです。
アメリカの当時のリスナー環境はほんと上質だったんだね。堀内幹の「祈り」が空前のヒットを飛ばすようなものだ。それに比べて現在のリスナーの程度の低いこと低いこと・・・(なーんてね)。


The Eagles - The Last Resort(1976)
 
 
 
 

2010/09/23

わずかなひかりあうと / the village of the wind

わずかなひかりあうと (July/20/01)

わずかなかおりあうと
わずかなひかりあうと

ちいさな威光をはなつ
クリムゾン絨毯のうえ
ひびきながら点滅する 
傀儡女のように火照る
秘めるsmellサムシング
わずかにかおりながれ
わずかなひかりアウト
古の液が零れ落ちた
薫るコトバひびく声の
ひかりmeetサムシング

底なしのコトバさぐり
さぐりやめた夏の夜に
闇に浮かぶ天の逆鉾
わずかなかおりあうと
かすかにひかりあうと

またたきの虹
星国の冠
淡の島にて
ひとしれず艶やかに
鷹の羽を身につけた
長い黒髪の民族
さんらんせよと きせいをあげ
薫るコトバひびけ唄よ
結びあえばわれる岩戸
わずかにひびきあえば
汝eatサムシング

わずかなかおりあうと
わずかなひかりあうと

2010/09/22

アイヌのウポポについて / Redemption song

この地球上に、僕たち人間が住めなくなる日はやがて来るだろう。
人類の終焉を、せっせと早めているのは、もちろん僕たち人間なのだが、この地球から消滅するのは「人間界」と呼ばれている生態系だけだから、別に構わないか……。
しかし、問題は<音楽>。
音楽は、この世にあるべきか、あらざるべきか?
もし、この世に人間がつくる音楽、“響き”の表現体がある日ぱたっと消滅したら、僕たちは一体どうなる? 
たぶん、医者と薬局が繁盛するくらいで、いや、その繁盛がまたこの世の終わり、人間界の終息を加速化するだけで、やはりこれも大した問題ではない(と、音楽の制作に携わってきた者がこんなことを書くのは問題か……。)

「無人島に一枚だけ持ってゆくCDは?」と訊かれても、電気のない、人間のいない無人島で、人間がつくった音楽を聴きたくなるだろうか?
もし、その島にカモメがやって来るようなら、かれらの鳴き声に耳を澄まし、僕たちはのんびり風と共に過ごすのさ。鳥たちの歌声、波の音がナチュラルオーケストレーション……。
やがて、僕たちは鳥たちの鳴き声に合わせ、思わず口ずさんでしまうかもしれない。
「〜〜〜〜♪」
そしてこの瞬間が、人間の“唄”のはじまりなんだ。(知っていましたか?)
アイヌの唄、ウポポとは、この唄の<はじまり>から、もっとも近い所にあるように感じる。そして今も、そこに身を置いている。まるで、自分の美しさを知らない草花のように。ちいさな恥ずかしがり屋さんのように、目立たず、ひかえめで……唄は、ただ<在る>。
ただ在る、これが一番むづかしい存在の姿だけれど、ウポポはまさに其処に在る。
たとえば、喉をウイウイすればアイヌの唄に近づける、歌えるなどと、おおきな勘違い。唄の出自(ふるさと)は、大自然が鳴らす、奏でる、無限の音色、無数の響きからもっとも近い所に在る。
たとえば、樺太アイヌのトンコリという楽器の生音がなぜあんなに小さくてか細いのか、わかりますか? 人間が意図的にたてる音が、自然界の音をけっして邪魔してはいけない、凌駕してはいけないという思想が、真心が、生活が、彼らの内に揺るぎ無いものとして在ったからだ。大自然の音、もしくは<声>を聴いていた……。
が、最近はどうよ、アイヌの唄を歌おうとする、学ぼうとする日本人が増え、皆、なにを勘違いしているのか、仲良く喉を使ってウイウイやって、恥ずかしくないのかしら? 
まず最初に、唄の心(中心)というものを学ぶべきなのだ。そこに身体を拓いてゆくべき。でなければ、自分の心臓に直結した歌い方、自分の足元から淡々と膨らんでくるだろう唄い方を逃してしまう。歌い手の個性、その魂と、それぞれの喉という器官の形状または特徴に合った唄い方以外は、不毛なのだ。
アイヌの唄は誰もが歌える、覚えやすい、シンプルなメロディーだけれど、実は誰もが歌えない、歌い手の心がもろバレしてしまう、歌唱力などでは誤魔化しようのない「なにか」が秘められている、内在されてしまった恐ろしい唄、作品なのだ。だから、気軽に歌わない方が良い、貴方の素性がばれてしまう。
ところで、ネイテイブ・アメリカンのブームが去り(ちょっと乱用し過ぎたから)、次はアイヌだと、品のないスローライフな人々が、「アイヌ」というキャッチに寄り添い、利用して、“表現”することの恐ろしさも知らずに、楽しければいいんだって軽いノリで(でもその自意識だけはへヴィー級)、なんだかワイワイやっているけれども、ほんと最近の日本人ってのは節度・節操を放棄してしまったようだ。
では、唐突に、僕が尊敬するミュージシャン、今日はボブ・マーリーの歌声を。
彼は神でもヒーローでもオピニオン・リーダーでもない。ただ、奇跡的なミュージシャンだった、としか言えない。
この曲のタイトルは「Redemption song」というのだけれど、直訳すると「救いの唄」って感じか。
他のジャマイカのレゲエ・ミュージシャンはほとんど「スタイルとイメージ」で終わったけれど、彼の音楽、唄は「スタイル」ではなかった。単独的で、荒唐無稽な幻想力、想像力(愛)をもっていた。ゆえ、日本人がドレッドヘアーにしてどうすんのさ!って話。。。



Bob Marley - Redemption song