2025/03/13

サザンカ spring tune

 


ずーっと机の上で、誰かが書いた文章が行儀よく並んでいるだけの本と呼ばれる観念世界上で、心の見方や心理のバリエーション、行動における統計学的な反応パターンや主観的な心理観察レポートの記述をひたすら読み込み、暗記して、知識を蓄えたとしても、たとえばコンビニのレジ打ちのバイトなんかしながらその場所でしか見えない世界と五感を通じての生々しい体験、世の中には様々の背格好を持った心模様が、多彩な嘆きと音色の異なる懊悩が、職業が、またこの社会の構造が生み出したプライドや劣等意識、そしてよーく耳を澄ませば幼児期のトラウマ独奏曲が静かに鳴り響き、挫折感のトーンとその強弱や、環境によって育まれた性格と持って生まれた気性からの影響、屈折の度合いとその微妙な角度や方位の差があって、執筆家のような言語表現力を持たないクライアントの症状告白への真偽を嗅ぎ取る反射神経などなど、実地で、つまり人様の具体的な身体と心たちの土俵の上で、混雑した生の現場で、自身の身体と知性を張り巡らし見聞きして、謙虚に学んで来なかった暗記力抜群の机上の妄想者たちに、果たして精神科医とか臨床心理士などの資格を与えても良いものだろうか?

「これを読めばお絵描きが上手くなる!」的な教則本を読み込むだけでは絵が上手くはならないように、ただひたすら椅子に張り付き本を読み国家資格をゲットした20代30代のガリ勉くん、社会の不条理や低所得者の倹しい暮らしを身近でビシビシ感じて来なかった者に、または時給1000円?の重みを味わったこともない象牙の塔の住人が(笑)、社会が強要または提示した身分の差やお金にまつわる問題、さらに歪みまくった人間関係で精神に異常をきたした弱き心の元へとすっと近づけるのだろうか?


分裂病が「病気」ではなくて、他人との関係において歪められた「生き方」だという考えは、私自身の内部ではとっくに自明のことになっていた。(木村敏)


絵が上手くなりたければ、ひたすらキャンバスに向かい絵を描くしかないが、人間の心理とは、キャンバスのようにはじっとしてはおらず、絶えず動き回る。そんな動的な心を相手にカウンセリングする、治療する、そのスキルを上げてゆくということが、どれほど困難なものであり、また膨大な経験値を必要とするか、切に自覚している精神科医はまだ少ない。


私たちは分裂病という事態を「異常」で悲しむべきこととみなす「正常人」の立場をも捨てられないのではないか。(木村敏)


もちろん精神科医として日々クライアントの面倒をみている彼らの仕事はなかなか厄介な、まるで達成感が得られない、刻一刻と自身のプライドを蝕んでゆく可能性大の仕事だから、これに抗う為に、ついつい「この病気は遺伝です。だから治せません。薬物療法でずーっと付き合ってゆく病気です」なんて信じ込もうとする気持ちは分からないでもないが、「私は絵描きです。でも絵を描けません!」と、もしこう仰る方がいたら「んじゃ、絵描きを名乗るなよ!」と突っ込みたくなるもの。


「きみはなぜ精神科医に対してそんな辛辣というか、拘るの?」

だって高給取りじゃーん!ってのは冗談で、たぶん僕が小学4年生の時に、母が精神分裂病と診断され、話せば長くなるので端折って書けば、ある人間の精神の病が引き起こす様々の問題を、苦々しい場面やそれに伴う逃れようのない切なさを、そして堂々と公表できない秘密を持たされた者の哀しみや人格が突如豹変する姿を目の当たりにする恐怖、心理学の本を読み漁ってもその内容は部分的な視座に過ぎず、具体的に何も変えられなかった家庭内で多くの〈疑問〉を若くして持ってしまったからだと思う。


ところでGoogle検索によれば、今から150年前の1875年(明治8年)に日本で最初の精神病院が京都の南禅寺境内に開院され、その後1948年に児童精神科医療が始まったそうである。然るに精神医療とは、まだまだ改良の余地ある未開拓ゾーンであり、発展途上部門だと個人的には思うが、確かに母が入院していた50年以上前と比べれば、向精神薬の種類は増え、そのグレードはかなり良くなったような気もする。電気けいれん療法(ECTという脳に程良い電圧調整も可能となり、アメリカで一時流行ったアイスピック・ロボトミー手術の効能を信じる精神科医はさすがにもう居ない。鬱や狂気の原因を発見したいという使命や欲望が、さらに分かり易い治療費請求のためにMRIを置いてしまうという不思議感はあるが、年若いカップルが手を繋ぎ気軽に精神科の門を潜ることを可能にした世間的イメージの刷新、つまり「お、お、おまえ、精神病院に行くんか!」というかってのハードルの高さは無く、これは良きこと。だが、昭和の時代なら、単に「しようがねーな〜」と放っておかれた少々落ち着きのない子供らをADHDアスペルガー、自閉症と、すぐさま発達障害スタンプを押し薬漬けにする現状は如何なもの?


精神医療とは、目に見えない心の障害を、目に見える身体への取り組みによって解決しようとする(狂気の)試みですが、では精神病院の〈外〉である正常な者たちが過ごしているこの社会、この健常者スペースではこれまで一体何が行われて来たのか?起こってきたのか?

縄張り争いが高じての戦乱戦国の世にはふつ〜にさらし首、リハーサルなしのチャンバラ、斬首刑、釜茹で……、いまだ海の向こうでは殺し合いが。〈外〉の世界も十分残酷極まりない狂気の歴史。NHKの大河ドラマなどで取り上げられ美化された武将なども、所詮は現代の暴力団の親分でもたじろぐような大殺戮を指示してきた者たちではないか。

100年前、50年前と、確かに鉄格子がチラつく劣悪な環境と残酷な治療法は少しずつ改善せれ、患者同士の軽い殴り合いはあっても血みどろの殺し合いはない現在の精神病院とは、社会の熾烈な椅子取りゲーム、競争、狂気から一時的または長期的なエスケープを許してくれる、日がな一日ボーっと、いや、一生働かずに冷暖房完備3食看護付きの殿様のような暮らしを補償してくれる薔薇色の駆け込み寺として機能しているようにも見える。

 

この世界のどこに正気のスペースはあるのか? 

病院の中か、〈外〉か?

この世の果て?

それとも心の内なる祭壇?

ここに真実の世界が広がっているのか? 


(ん~、オチのないお話でした。笑)

 

spring tune(1991年作)

 

 



2025/03/10

Peruvian City 見ずの開き

 



土木作業員からすれば「何言ってやがんだ〜!」となりますが、屋外専門フォトグラファーも、鋭い陽光に照らされ、また雨の中をぶるぶる震えながら、大地と仲良しとなり、また道を這い回る人種なんだと。

そんな撮影スタイルで、30年間歩き続けて来た者が、屋根や壁に守られた部屋で物撮りを始めても、屋外撮影での記憶がびっしり刻み込まれた身体と眼で撮影に望むわけだから、そこから生まれる写真は、きっと通常のスタジオ撮影とは異なるオーラが定着されるだろうし、またそんな期待を抱いていなければ、雨風に晒されることのない屋内での物撮りなどナンセンスさ、と息がってみました。笑

さて本題ーー。

今朝、Yahooニュースで村上陽一郎という科学史家・科学哲学者の新刊案内の記事を見かけ、名前は知っていましたがその著作を手にしたことは無く、ただそのインタビュー記事を読むとなかなか興味深いことが書かれていて、思わず色々検索してたら大森荘厳という哲学者の文章に行き当たる。

最近、このブログで、写真や音楽のみならず意識とか真理、知覚や身体、心などについて書いていますが、僕が考えていることはすでに様々の哲学者が考え抜いてきたことなんだなぁ〜と。

ただ、面白い!と感じたのは、似たような意味、内容、視座について、人それぞれの言語表現が、言い回し、表し方がありますよね。

土木作業員からすれば、たぶん「何言ってやがんだ。さっさと手動かせや〜!」ですが、大森荘厳が書いてます。


"いずれにせよ、次のことは言えよう。もし私に「見え」、私が「触れ」、私が「味わう」ものすべてが「心像」であるならば、私の生きる世界はすべて「心像」であるはずである。だとすれば、「心」は私の内にひそむ何ものかではなく、私の部屋に、街に、海に、空に、日に月にまで拡がっている何ものかなのである。幻といわれるものすら私の外に見えるのである。まさに「心」と呼ばれたものは「世界」なのである。"『物と心』(1975


哲学とは、そんな堅苦しいものでも、難しいものでもありません。それが始まった理由は、結局この地球という場所に産まれて、「なんだかここで暮らしていても、どうにもこうにも納得いかんこと、解せないことが多過ぎるんだよなぁ。なんでこんなカタチをした身体を持ってなきゃいかんのだろう? 生まれるとか死ぬとか、考えるとか感じるとか、モノが見えるとか、食べるとか、訳の分からん空間や時間に制限され支配された人生って、何のためにあるの? ここは一体何なのさ?」という疑問からなので。

もし、人類が登場し、この地上生活がすべての人間にとって満足のゆくものだったなら、決して〈哲学〉なんて生まれるはずも無し。

たぶんこの地球上の暮らしとは、大昔からニンゲンにとってはどうにも合点がいかぬものだったんじゃないかしら。

 

Peruvian City(2019年作)

 

 


2025/03/08

Boys Meeting 落とし所


 

精神病院の経営はリピーターによって成り立っていると言っても過言ではない。そこにご新規さんがぞろぞろ新たに仲間入りするのだから、商売として見たらコレ笑いが止まらない。
しかし実際、この精神科スペースに数多の無表情はあっても明朗な笑いはない。
精神病院の右肩上がりの成長率とは、我が国の経済効果にはまったく寄与せず、せいぜい外資系の薬品会社を潤すだけ。(しかしこんな感じで患者数が増え続けたなら、一体この先、我が国はどうなるんだろう?)
サイキアトリストでもクリニカルサイコロジストでも肩書きはどうでもいいから、「早く治せやー、この給料ドロボー!」と、ある看護師の嘆き。笑
そしてある快晴時、アホの三浦(仮名)32歳が仕事中の僕に近づいて来た。
「カ、カ、カイヌマさん、いまそこを通った人に僕は税金ドロボー!って言われました」と、無表情に愚痴った。
「あぁ、彼か……。よく見かけるよね。役所関係の人だよね」 
やや哀しみを押し殺したような複雑な表情を浮かべ、小さく頷いた若き生活保護受給者。
「そりゃ、立場上、腹の中で思ってても決して面と向かって言っちゃ〜いけないコトバだよな。(笑)でも、それ事実じゃん!ハハハ」と僕。
さらに次いで「まぁでも、悪意があってそう言ったんじゃないから。とにかく疲れてんだよ、ストレス溜まってんだよ」と、50手前の国税によって老後は安泰万全の暮らしが待っている地方公務員をなぜか弁護していた。
合点のいかぬ顔をしながら聞いているアホの三浦。
皆、それぞれの立場から様々の不服、不満を抱き、本音を押し殺し生きている。時に漏れてしまうこともあるが、とにかく必死で、幸せになりたいと、アホの三浦だって同様、もちろん僕も御多分に洩れずこの世にしがみつき、生きている。
一見、公平に、死を待つだけの何とも奇妙なこの世界。
だが、こんな説もある。「きみが見ている世界とはきみの意識、思考内容、欲望的信念、心の一部が作り上げた(想像)世界だよ(だから実在していない)」と。
さらに「この世界の存在証明は、きみの身体と知覚の連動によるものだけれど、そもそもその身体もきみが世界を存在しているような錯覚を起こさせる為に作り出された(妄想された)ものだからね」。
ってことは、アホの三浦も市民からのクレームに酷く怯えている公務員も、全員僕の一部であり、この世界そのものが(本人はあまり自覚出来ていない)自虐的な妄想に起因する、と。
だからもうそろそろ、この銀河世界劇場を作り出した意識本体まで遡行し、この意識そのものを観照しうる視座(気づき)へと移行し、この意識そのものが実は夢のセントラル採掘場、張本人であった事を見抜くこと。これが、最期の落とし所。

Boys Meeting2019年作)
 
 

 

2025/03/06

the end park ただのジョークさ

 


社会に対してとやかくその倫理的な不備について物申す、または愚痴るのは実に容易いことで、だいたい社会的劣等感の強いタイプが総じてこの「とやかく正しいことを言う俺ってイケてる」的な罠に引っかかりやすい。


インドのガンジス川と東京の多摩川はもちろん違う。

公的に、水浴できる場所があるのは良いことだ。さらにそこが祈りを捧げる場所でもあればもっと美しい。

僕は最近常々思うのだか、公的に、「ここなら野垂れ死にしても構わないよ」的なスペースが(もちろん屋外)、この国のどこかに作られたら、ほんと死に対する考え方の革命的な取り組み、希望や安堵も膨れ、それはまさに豊かさの爆発なんじゃないかと思っている。笑

ホームレスや乞食、いわゆる社会的心身脱落者の不幸とは、現在の社会が、その経済システムの原理原則上、国の衛生管理学上、「君たちはこの社会のお荷物だからそこんとこよろしく!」という烙印をその傷ついた心にさらに追い打ちをかけるか如く、無表情に押してしまうところにある。そんな気がする。

今は、野垂れ死にを希望し、姥捨山ではないが、静かに死にゆくまでの時間をゆっくりと休めるスペースがどこにも無い。それがこの国の貧しさだ。


庶民の、心理面における強度は、江戸の世と比べたら、確実に落ちている。いや、体力も、寒暖への抵抗力も、バイ菌の免疫力も確実に落ちている、はず。

食生活や娯楽の豊かさ、職種の多様さと心の強度は決して比例しないもの。

ただ、現代人は江戸時代の人々と比べ、総じて意識の明瞭さは手にしたかも知れない。


国策と政策ーー。

この世界は、どんなOS(システム)を導入してもバクが出るようになっている。身体の世界、五感に信を置く現象世界とはそういうものだ。

20世紀にコンピューターが開発され、あっという間にお茶の間の必需品となり、コンピューターにまつわる仕事や犯罪が、19世紀には誰も想像できなかった新種の問題や恐怖をぎょうさん生み出してしまったように、今後の未来、いわゆる宇宙開発がますます進み、めでたく地球以外の星々の移住がふつーに可能になったとしても、やはりそれに付随しためちゃ厄介な問題を膨大に抱え込むことになるだろう。

ゴールの無い、何処にも行きつかないゲーム。この世界とは、人間の暮らしは、外的にどんな状況に移り変わろうとも、いわば上がりの無い、死という上がりしか容認しない。(ならば死に方ぐらいに自由にさせて〜。)

どーせ世界についてあれこれ考え思い悩むフリをするなら、もし世界や人々の生き方や環境等々に真面目に憂慮するなら、一度そこまで極端に考えを推し進めるガッツが無ければ、全てその場しのぎ的な、精神病者への気休め薬物治療とおんなじ、対処療法的な薄められた取り組み、卑小な問題解決でしか無いのに「あれが問題だ!これが問題だ〜!」と大袈裟に騒ぎまくるだけで、この世のゲームを俯瞰することも叶わず、一歩も〈外〉には出れないだろう、死以外には。


覚者とは、絶えず根源的な視座に立ち、絶対的な根本療法を明示してきた稀有な存在であったように益々感じる今日この頃のオヤジの雑感。


この世界とは、この世界が狂気の場所に過ぎなかったことを悟るまで続く。


the end park1991年作)

 

 



2025/03/02

owarikata はじめ方

 


郊外の、土日祭日には都心の方から登山客でごった返す観光地の外れにある総合精神病院の外来駐車場のド真ん中で、仕事の合間、その立ち位置から見える辺りの遠景を、何かが到来する予感に満ちた感情の色彩が濃厚に滲んだ定点観測風写真撮影を続けていたのは確か今から7年前のこと。ついこの間のような気もしますが、現在は撮影することもなく仕事中はじっと思索しています。笑
「撮影を続けないの?また撮影すれば良いのに」
「散々撮ったからね。また撮影を始めたらそれこそ無味乾燥な定点観測写真になっちゃうじゃん」と、その場所に立ち、何か新しい光景が見え出したら再び撮影を始めるのでしょうが、今はただ精神科病院の外来駐車場のど真ん中で思索三昧!(最近のブログの文章は全てここで考えたこと。)

ところで、この病院で成り行き上親しくなった入院者は数名いますが、今日はそのひとりを紹介ーー。
この方、若い時分に心の病に罹り、30年近く入退院を繰り返し、現在50歳ちょい過ぎの、関東方面の精神医療施設、病院などを転々とし、9年ほど前この病院に送り込まれ、なんとその人生の半分以上が施設と病室暮らしというかなり数奇な運命を辿って来た方。たまたま音楽の趣味が合い、こちらがズケズケものを言ってもさほど動じない無邪気さと、根は豪胆な部分もあり、仕事の休憩時間を利用しては様々のことを話し合った。
40代の頃に密教思想にハマり、母親との諍いごとで思わず九字切りをして倦厭され、のちにクリスチャンとしての洗礼を受け、今は行きつけの教会でゴスペル音楽を歌うことを歓びとしていますが、たぶん音楽と自己防衛的な信仰心が彼の唯一の心の支えとなっています。
では本題、彼との会話のエピソードをひとつ。
ある時、僕としてはかなり意を決して(笑)、「この世界ってさ、ほんとうは無いんだって知ってた?」と切り出してみた。
すると彼は一瞬不安げな表情を浮かべ
「また〜、海沼さん、やめて下さいよー、そんなこと言うの」と明らかに動揺し始めた。
「でも、お釈迦さまだって、この世はマーヤ、幻って言ってたじゃん」とフォローのつもりで続けると「海沼さん、その話はまた今度にして下さい」と後ずさり……
「この世界は無い、幻想である」と言う発言が、人間社会から狂人のレッテルを貼られ、監視付きの隅っこの方へと追いやられ、薬漬けにされて、院内では人間の様々のバリエーションの狂態ぶりや摩訶不思議な悲劇を見てきたであろう精神病院のベテラン入院者でさえも「この世界は幻!」というあの仏陀のコペルニクス的大転回なお知らせには恐れ慄き、そそくさと院内8床室へ退散。
さんざん人間と人間が壮絶な殺し合いをしてきた野蛮な歴史を持つこの地球、社会通念や公的マナーからちょっぴり逸脱し、自分たちをクッション付きの壁に囲まれたガッチャン小宇宙(保護室)に隔離したこの世界が夢であったらそれこそ最高の救い、救済ではないか?
こんな世界、こんな寒々とした真っ暗闇の宇宙空間でもまだ存在して欲しいという人間の奥深い荒唐無稽な欲望、圧倒的狂気、深く吟味されたことも無い潜在的な信念(この世界はある、時間と空間は存在する、とか)について、彼を通じ、あらためて深く考えさせられた。いや、人ごとでは無いのだ。人間の心、意識の実態、その巧妙極まりないカラクリとは?
「(この世界が無いってことは、つまりきみや僕が考える、もしくはこの自己実感って奴も幻想、イメージに過ぎないってことになるよね)」 
なるほど、この言葉、この知らせ(真理)こそが、人間社会にとっては最大の狂気かも知れない。
なぜなら、この仏陀の教え、達眼をそのまま了解したなら、たとえば日本仏教の諸々の形式、行事、決まりごとなどは反仏陀、仏陀の思想に非ずという恐るべき論理的および感性的帰着。
さらに仏陀の教え、この眼差しによれば、世界について考える、社会に蔓延る諸問題について考えること自体が、幻想について思案し、幻想に取り組むということとなります。
限られた自分の想念、反復的な妄想から逃れられない統合失調症者と比べ、この世界を少しでも良くしようとする者たちの思考の情報量、豊富な経験値、さらにその正義感に満ちた想い、良き想像力などなどをベースにした取り組みは、きっと世界の多くの不平等をなだらかにし、より住みやすい社会、人間の暮らしをより快適に、より便利に、未来の子供たちの為に大いに役立ってくれることでしょう。
ですが、常人も、いわゆる社会的排除者も、両者共に幻想の中に居て、夢を見ているという意味では五十歩百歩。仏陀の明視は、人間の根本的問題、人類の不幸の根とは、移り変わる諸現象であるこの社会や世界構造の不備や欠陥部分、ありとあらゆる問題や不条理にあるのではなく、人間がまだ夢の中に居てこれに気づかず執着し、翻弄され、夢と戦い、挑み、また魅了され、この夢の世界での幸せのみを追い求め、ひたすら夢を見続けていることにあると。
ではなぜ、一体誰が、僕たちが共有できる「現実」としてこの夢の舞台を必要とし、作り出したのか?

owarikata2010年作)
 
 

2025/03/01

amore 異郷百景


 

これは写真撮影している際にも起こることですが、音楽制作をしている最中、やや普段とは違う次元、別の人?になっていたのか、後日、大方出来上がった楽曲をあらためて聴くと「え?!なぜこの音とこの音を選び、重ね、こんな展開にしたのだろう?」と、自分でも驚くことがあります。それでその時の制作状況や心理状態などを思い出そうとするのですが、なんとも曖昧で、ほとんど記憶から抜け落ちています。写真の場合だと「え?誰が撮影しの?」と。
なので「似たような曲をもう1曲作ってよ」と、仮に誰かからオファーされてもたぶん2度と作れないと思います。これは写真表現も同様で、僕には幾つかの写真シリーズがありますが(シリーズで区切ることによって次のシリーズへ進めるから)どのシリーズも2回目は無いのです。
今回アップしたこの「amore」という楽曲も、当時の心理状態をあまり思い出せません。
「ん~作らされたのか?」
でもそもそも音楽を作ろうという意欲が無ければ作らされることもないので、何かしらの理由や意味はあったんだと思います。
ところで、最近、写真のことも含め、音楽について、今まで考え感じてきたことなどをこのブログに書いていますが、創作の動機や意図について言語化する作業を自分に課すのは、ある人物と出会うまでは必要ないことだと思っていました。
2年ほど前に、内田和男さんという人物と知り合い、彼と度々セッションを重ねてゆく内に、自分が写真や音楽を作り続けてきた意味を、深く問うことへの有意性を知りました。それまでは「言葉では表現出来ない世界を、写真や音楽という表現形式を通じて表そうとしているわけだから、作品に言葉というキャプションは不要」と敬遠してきたので。もちろん自分が大事と思う中心テーマは持っていましたが、それを明確に、詳細に言語化することは、表現の自己規制に繋がるのでは?言葉に縛られ自由な表現が抑制されるのでは?と恐れていたのかも知れません。
では、写真や音楽という表現を通じて、僕は一体何を求めてきたのか?
何を開示しようと願っていたのか?
写真は、見ることのレッスンであり、対象をじっと見ること、撮影とは注視することであり、いわば観照の状態に身を起くことです。
音楽は、耳をそばだて、その音たちが拓くフィールドで何か起こっているのかを見詰め、持続的な集中へと意識が向かうので、これもまた観照の状態に入ると言えます。
たぶん創作とは、すべて観照状態に我が身を置くことではないのか。
そして、そこで始めて見えて来る世界、聞こえて来る(音が遍満する)世界があります。
この世界とは、「この世ならざらヒカリ」の謂ですが、僕がこれまで写真や音楽の制作を続けられた1番の要因は、たぶん創作という行為が、「ヒカリ」と1つになる事を可能にしてくれたからだと、今にして思います。

この「amore」には、一般的な音楽ではあまり耳にしない音たちが表れますが、これは若い時分に聴いたアメリカの現代音楽の作曲家デイヴィッド・チューダーの作品から学んだことです。ただし、彼の作品とは異なり、内的に、ひとつひとつ音や響きに自分の心を交錯させています。(彼の作品は音を放りっぱなしですので。笑) 
ですから先入観なしに聴いていただければ、音たちが織りなす世界へやんわりその心を預けてくだされば、僕の意識がいかにその音たちと交流し、さらに耳や眼がどのように動き、一体どこを目指して、「この世ならざらヒカリ」に触れたのか、追体験できるように思われます。

あなたはすでに今ここで完成している。完成することができるようなものはあなたではない。あなたはあなた自身でないものをあなただと想像しているのだ。(ニサルガダッダ・マハラジ)

amore2021年作)
 
 

 

2025/02/28

dear#3 徒然なるままに


 

心の完璧さ、実在の完璧さとは、個人的なものではなく全的なものであるから(全的なものでなければ完璧とは呼べないので)、全ての人間、あらゆる存在が完璧であると言えます。

つまり、解脱者や覚者と呼ばれている人たちの悟りや目覚めとは、決して個人的なものではなく、私たちの悟りであり目覚めでもあると、こう解釈することが出来るのです。また、このように理解しなければ悟りや目覚め、光明を得るとは個人的な幻想、もしくはある選ばれた人たちに与えられた特権的な夢に堕します。
これについて深く考え、悟りや目覚めとは個人的なものではなく全的なものであると、この視点から歩み出すことは、やがてある壮大な結論に導かれるような気がします。

僕の内側から溢れ出す音楽
この世界という不安定な夢の舞台で
僕を通して表れる音楽
それがどこへ向かうのか
夢の合間を縫って
知覚の向こう側からやって来て
なぜここに
現れたのか
溢れ出す音楽
跡形もなく消えゆく世界
たぶん知る必要もない

「身体=自分」
この思いの構図が
自分とは一個の肉体に過ぎない
この考えが
無数の個々の〈自分=イメージ〉を生み出し
その根深い執拗な信念から解放された瞬間
人は 心がひとつであることを
……観る。

世界中を彷徨い
探して 探して
その探し求めていたものが
〈自分自身〉であったと気づく時
旅は終わり
海は歓び
この手は空につき
無白となった大地は瞬き
流れる樹と葺く水の鼓動は弾け
川の頂から心の尾根伝い
時間も空間も消滅し
闇は垂直に割れ
空っぽの心はただ〈今〉に座り 
0を知らない1の訪れ
探し求めていた
それはすでにここに在ったことを
知る。

dear#31996年作
 
 

 

2025/02/27

来迎 if


 

冬眠暁を忘るる

処処啼鳥は出づ

夜来風雨の理

何時ぞ来るらむ

花咲ける頃


この世界の人間の(一時的な生存における)究極の目的とは、心の自由だと思います。

この自由とは、物理的に満たされた環境、悠々自適な暮らしを手にすることではなく、時間と空間の法則に巻き込まれ、「一人の人間とは個別意識を持った一時的存在である」という通常の自己認識からの脱却を意味しますが、自分の肉体をその為の手段とすること、五感も、意識も、心の自由という目的に仕えること、そしてこの現象世界、宇宙そのものが心の全的な解放のための、すでに心が自由自在である事を再発見するための〈夢の舞台〉と見做すこと。

この地球上での生活の内で、人間が成し得るこれ以上の挑戦と冒険はないと思います。


憑かれてゐるのだ、俺は。蒼空、蒼空、蒼空、蒼空。(ステファヌ・マラルメ)


死とはなにか?

生死を超えた「生命」に礼拝するための通過点としての、この世界における死。


〈空〉のように澄み切った、境界のない自由な心に、一体誰が、何が、攻撃できるのか?

〈空〉とは、怒りや悲しみとは無縁であり、そこに本然の自分である「唯一の我」が舞い降りて、これを自得する瞬間の前触れ。


if (2020年作)

 


2025/02/24

lifeline 精神


 

作曲中の音楽家は、外界の音、環境音を遮断し、自分が作り出そうとする楽曲の中へと入り込みます。これは音楽の中に積極的に閉じ籠る、ということですが、外から唐突にやって来る見知らぬ音や気まぐれな環境音に対してはかなり過敏となり、神経質な状態に陥ります。

楽音のフィールドへ、他所の音や見知らぬ響きが訪れても、ニヤニヤしながら開かれた状態で音楽の制作を続けることの出来る音楽家は稀です。

音符やMIDI(ミュージカル・インストゥルメント・デジタル・インターフェース)などによって描かれた、または楽器が奏でる無数の音たちよって構成され、時間という土台の上に立つ建造物としての音楽、または壮大な森を彷彿させる音響の世界、川べりの倹しいあばら屋のような音楽……

脳機能と聴覚の連動によって生まれ、解釈され、見出され、眼に見えない空間のような場所に置かれる音楽家の作品とは何だろう?

音楽を知らない犬や猫の傍で、自分が作り出す音楽の精度を上げることに没頭し、ついついその時空間に囚われ、知らず知らずのうちに心の身動きまでが限定されてゆく音楽家は多い。(それはやむを得ない、音楽家の通過点)


風鈴の音は、風を可視化する。

教会の鐘の音は、この世界がすでに祝福されていることを知らせる。


「客観性があなたの中で異常に発展すると、外部の事物をじっと眺める時、あなたは自己の存在を忘れ、外部の事物と混ざり合うようになる。」(シャルル・ボードレール)


闇の中に置かれた植物は、どんな小さな光でさえも、その訪れに対しては敏感で、さっと光の方を振り向く。(植物にも眼がある?)

同様に、闇に魅せられた音の探求者たちも、もしなんらかの恩寵により光が射し込むなら、多分思わずそちらを振り向くことだろう。なぜか?闇に居続けることはひどく消耗し、やがて眼も耳も効かなくなることを知っているからだ。これは、人間の心の中核に宿る「自然」の声、囁き。

では、音にも眼はあるのか?

眼の付いた音楽。

何を視ているのか?

誰を、探しているのか?

闇の中にとどまり(何か隠しておきたいものがあるから)、自分は光の音を放つのだ、闇の中でこそ光は強調されるだろうと考えるミュージシャンも少なからずいる。

だが、もしその心が闇に囚われ、自分自身の秘密を恐れ、もしくは暗闇に魅了されているうちは、光の音を放つことは不可能だ。

光る音。

音の光彩。

光をヴィジュアライズするのではなく、眼を瞑り、音の光を感じ取ること。

光に魅せられた音楽。

光を見詰める音楽。


既存の宗教が絵画や言葉によって人間たちを誘惑し、彼らが作り出したイメージや概念を脇に置き、〈神〉という言葉が指示する朧気な場所に意識を向けること。

〈神〉という言葉が意味する、無際限、唯一性、絶対的な愛へと、一心に思いを凝らし、「自分の内」へと入ってゆくこと。


自我意識によって作り出された個人の夢や死は、自我意識の始まり、その土台を明らかにすることにより自ずと消滅する。 


lifeline2020年作)

 

 


 

2025/02/23

橋のない欄干 music is


 

現象の世界はしばし人間に本来的に備わっているであろう絶対的な自由への自覚を抑止する働きをしますが、芸術行為、芸術表現、アートというジャンルに特別な意味や価値が生まれるのは、人間の全的な自由を想起するために機能しようとする瞬間だけです


アートとは、究極的にはこの現象世界が無であることを告げますが、人間は個々の身体を持ったという夢を見ている心でありながら、その本質は神(真善美)の一部であることも告知します。


録音された音楽は、ただ一回限りのライブ、コンサートでの体験とは異なり、何度でも再生可能です。リスナーの主体性によってその都度蘇り、絶えず新たな気持ちでその音楽を目撃することを可能にします。

まるで自然界の四季折々の変化や、世界の表層上の移り変わり、時の流れというものを無視するかのように……

録音物による音楽鑑賞もまた、もう一つの時間の入り口となり、五感を超えた世界を垣間見せ、真の自己との出会いに繋がる予感を表出することが可能であると、これまで音楽を作って来ましたが、それは多分あらゆる音楽家たちに与えられた夢なのです。


内なる閃光 music is1994年作

 

 


 

2025/02/20

Spiritual Noise#03 ポテンシャル


 

無闇に細分化した音楽ジャンルの中にはノイズミュージック (Noise music)と分類されたものがあります。

ノイズ音楽とは、一般的にはあまり知られておらず、またそれに興味を持ち聴いてみようとする人たちも多くはないと思いますが、ちなみにウィキペディアで〈ノイズミュージック〉と検索すると、「いわゆる音楽的常識からは音楽と見なされないものを演奏または録音し、楽曲を構成していく音楽」と、こう書かれています。さらに、ノイズ音楽の起源としてイタリア未来派芸術家ルイージ・ルッソロの論文『騒音芸術(L'arte dei rumori1913年』を取り上げ、「私たちは楽音(sound)というかぎられた範囲を打ち破らればならない。そして、無限の多様性を有するような楽音としての騒音(noise-sound)を獲得せねばならない (AN,25)」などと、幾つかの言葉も紹介しています。

無限の多様性を有する音楽……。素敵な言い回しですね。もし、この世に無限の多様性を持つ食べ物があればついつい食べたくなるものです。


ただ、従来のノイズミュージックの欠点としては、往々にして奇抜さや攻撃性、通常(?)の音楽への即物的な否定の身振りや多分に破壊的なパフォーマンス、方法や様式の面ばかりが強調され、「なぜ、あなたはその音楽、響きを必要としたのか?」への明瞭な自覚を持った作品、楽曲がいまだ少ないことです。

過剰な自意識の吐け口として「音楽」を利用しているだけのミュージシャンもいますし、その演奏内容、楽曲の中身はほとんど無方向な代物です。

もちろん広義な意味においてノイズ全般、環境音や自然が放つ無数の音響は「方向性」など持ち得ないものですが、そのノイズ、雑多な音たちに人間の心が、聴感や知性が関与することにより、初めてヒカリの源泉、人間とこの世界の根源へと誘惑される楽音、またはこれを志向する「音楽」として再生する機会を得るのだと僕は確信しています。


たとえば、写真表現とは撮影者(写真家)がこの世界をどう見たのか?が問われ、その応答の記録ですが、どんなジャンルに限らず人間が作り出した「音楽」とは、作曲家または演奏家が、この世界から何を聴いたか?何が聞こえて来たのか?また何を救い出し、視てしまったのか?の研ぎ澄まされた報告だと思います。


p.s.

一時期流行ったミュージック・コンクレート(Musique Concrète)のように、録音された環境音を電気的に加工し、粉砕?する現代音楽のアプローチはちょっと傲慢だったような気がします。 


Spiritual Noise#031994年作

 

 


 

2025/02/19

究国 awakening with


 

~エンジニアリングについて~

 

他者の心から溢れ出し、3次元空間へと流れ込み、そこに時間が加わった4次元世界に音や響きの運動として現れた「音楽」に対して、どう向き合うかがエンジニアリングという作業には求められます。

これは、自分が作り出した音楽についても(僕は自分の楽曲を自らイコライジングしますので)同様ですが、他者が作り出す音楽は、「ここをもっとこうすればこのミュージシャンの音楽が持つ世界観は伝わりやすくなるのに」という楽曲そのものへの直接的な関与は御法度で、あくまでも録音された音楽を理解し、自分の内側へと流し込み、そこで得られた瞬きやヴィジョンなどを、彼らの音楽世界の想いのコアへ歩み寄り、こちらの感性や知性、技術などを同期させ、リスナーへどう繋げてゆけば作曲者や演奏者はもちろんのこと、適切に、明確に、皆が納得のゆくものとして、届けられるだろうか?と、そんなことばかりを考えます。(彼らが作り出した音楽という食べ物をどんなお皿に盛り付ければ最大限に生かせるか?ですね。)

ただ、他者の音楽作品ではなく、自分が作り出す音楽に関して言えば、エンジニアリング、マスタリングという作業も含めて、すべて自身の作曲行為の一部となります。

DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)による楽曲制作、そこから生み出される音楽世界とは、イコライジングも含め、そのすべてが創作行為なのです。

ゆえ、僕が作る音楽作品とは、あくまでもLRの2つのスピーカーから表れる音響世界、録音物としての「作品」であり、自作を人前で演奏することはありません。そんな生演奏をお見せできる技術もないので。(笑)


この「awakening with」(2020年作)という楽曲は、やや大袈裟に説明すると、すでに我々は目覚めているという気づきへ接触しようとする試みであり、またはこれについて言及した(ポップで分かりやすい)音楽作品だと思います。

 

 


2025/02/17

堀内幹の「カゼノチ」


 

この楽曲「カゼノチ」は、堀内幹のレパートリーの中では珍しくインストゥルメンタル音楽となります。

この作品で彼が使用した楽器は、アコースティック・ギターをサワリ付きフレッドレスに改良した彼自らの手によるオリジナル弦楽器ですが、彼はこの楽器を"無間棹"と命名しています。

どこか異国の響きを放つ民族楽器のようでもあり、調性を目指した西洋の楽器が切り捨ててきた掠れ音や奇妙な倍音、息切れの音や摩擦音、濁音など、いわゆるノイズと呼ばれている音や響きを積極的に取り返そうとしているかのようです。


これまでこのブログで堀内幹の歌、その歌詞が描く世界像について僕が感じたことを書いてきましたので、西洋のアコースティック・ギターだけでは表せない音や響きを強く求めた彼の指向性、その聴感の質や幅については言わずもがな。


ちなみにこの「カゼノチ」は、スタジオでの1発録りですが、アイヌの歌い手・床絵美がコーラスとして参加しています。曲の始まりと終わりの方にNYでフィールドレコーディングされた環境音が入っていますが、それ以外はすべて彼が弾く1本の無間棹と彼の声のみで構成され、出現した音響世界です。

 

堀内幹『one』リマスター 

 

(このブログ内の堀内幹ラベル

 

2025/02/16

堀内幹の「借りものの歌」


 

堀内幹の「借りものの歌」というタイトルが付された歌詞の世界へどのように近づいて行くべきか、いや、僕はすでにその世界を訪ね、その静かな森の奥で多くの時間を過ごしてきましたから、多分どんな言葉から切り出せば文意が整ってくれるのか思案していたのだと思います。

すると、ふと、"無垢"という言葉が浮かんできました。続いて、ウィリアム・ブレイクの詩集『無垢の歌 Songs of Innocence 』の" Piping down the valleys wild(羊飼いは笛を吹きながら荒野を降り)"という詩がイメージを連れ響いてきたのです。


神さまと

同じ色さ

遠ざかる

風の中で


彼は「神」という言葉を自身の歌の中で使うことを酷く警戒する人間だと思いますが、この「借りものの歌」ではいきなり「神さま」と記します。そして直ぐにそれは「(自分たちも神と)同じ色さ」と明かす。

さらに神さまと同じ色であることを告げた、教えてくれたあの「風」はもう遠ざかってしまうのか?と自問します。


借り物の

歌を歌い

皆と同じ

空を見てる


シンカソングライターである堀内幹は作詞作曲演奏と、全て自分1人で熟しますが、全曲オリジナル・ソングであるにもかかわらず、ここで「借りものの歌」、自分が歌っている、自分が作った歌も借りものの歌だよと、まるで囁いているかのようです。

たとえば、ある民族が口頭伝承により伝え残してきた民族の歌とは作者不詳であり、個人の歌ではなく受け継がれた歌ですが、この歌たちは「皆と同じ」空を見せるよ、と。


森の奥で

繰り返し

回ってる

回ってる


一体、森の奥で何が回っているのか?

彼はそれを見詰めながら、決して言葉では明言しません。

なぜなら、それは眼には見えない「*」であり、言葉にすると逃げ去ってしまうから。

此処に、民族の意匠をもう必要としない堀内幹がこちらを見て笑いかけています。


借り物の

歌でいい

何も違わぬ

ひとつも違わぬ


長い間、ひとり歌を作り続け歌ってきた者が、遂には自分の歌さえも借りものであると、何か個人的な荷を手放そうとします。

そして「羊飼いは笛を吹きながら荒野を降り」、歌を記し、荒野に放ち、やがてあの澄み切った神が住む空の元へと還る。


Piping down the valleys wild

Piping songs of pleasant glee

On a cloud I saw a child

And he laughing said to me.


この世界は、民族の歌、民族言語、歌唱法など、その歌が生まれたベースである生活様式を捨て、「歌の源」から遠ざかり、忘れ去ることを選んで来ました。

無数の個人的な歌が混沌と渦巻く現代社会の表層的な暮らしの中で、堀内幹はきっとこう言うことでしょう。

「それは私の中で失われた訳ではない。なぜならそれは私の内側で脈々と流れ、息づいているから」と。

この確信が、実は「借りものの歌」のコアであり、隠された軸になっているような気がします。


何も違わぬ

ひとつも違わぬ

 

2025/02/14

堀内幹の「コブシの花びら」


 

〜堀内幹の「コブシの花びら」について〜


この「コブシの花びら」という歌は、一見、バラードの風合いですが、日本の音楽では珍しい三拍子のリズム、スローテンポのワルツの拍子を持たせています。そこに堀内幹ならではの大らかさやユーモア、奥行きなどが表れています。


では、その歌詞、まず「月が消えたら」と始まります。

月が消える、この歌の舞台は夜であることを告げ、月明かりのない不吉な暗闇の中では通常の視覚は奪われますので、いわば盲いた状態。そこに彼はすぐさま明かりの代替として白いコブシの花を見せます

身体上の眼が効かなくなれば、コブシの花を知覚することなど叶いませんので、堀内幹が取り出したこのコブシの花とは、五感を超えた存在、もしくは意識または心を凝らさなければ見えてこない何か、ある神秘的な象徴であることが示唆されます。


月が消えたら

コブシの花びら

風を掴んで 飛んでゆく


「風」という言葉は、堀内幹の歌詞世界ではかなり使用頻度の高い言葉ですが、彼にとって「風」とは、異界と現界を繋ぐ役割を担ったガイド、精霊的な存在であるように思われます。


川の向こうで

揺れる帽子は

闇を泳ぐ 子供たち


月が消えた夜に見えた幻影なのか?

川、帽子、闇を泳がざるを得ない子供たちへの哀悼……


春待ち人は

コブシで消した

今日もずぶ濡れの微笑みを 


春を待つ人とは、寒い冬の中にいる人、その凍えた心を、コブシ(ヒカリ、温もり)で消すよ、と。

ずぶ濡れの悲しみではなく、これを微笑みとする。

月明かりが消えても、コブシの花をさっと差し出す彼の優しさによる視覚の変移、技量。別の見方、感じ方を示そうとする彼の心の機微。


流れた血の上

祈る背の上

コブシの花びら

舞い落ちる


流れた血、累々たる屍から流れる赤い血の上に、無念の死を遂げた者たち心の上に、または地に額をつけ祈る者たちの背の上にこそ、あのコブシの花びらは舞い落ちるのだ、という堀内幹の確信、願い。


月が消えたら

コブシの花びら

風を掴んで

飛んで行く


つまりこの「コブシの花びら」という歌は、ある種の鎮魂歌であり、コブシの花とは、月明かりのない真っ暗闇の世界で、肉体の眼が効かなくなったがゆえに心眼は開き、このもうひとつの「視」によって見出されたヒカリの花ではないのか。そしてその白い花びらは世界の嘆きの場所へ舞い落ち、ガイドである精霊的存在である「風を掴んで」、死者の魂を、彷徨える魂らを黄泉へと安らかに運ぶ、その「飛んで行く」情景を、泉鏡花や宮沢賢治とはまた違った幽玄性を持たせ、描いた歌であるように感じます。


p.s


あらたまって確かめたことはありませんが、幹ちゃんはあの太古の花を予感させるコブシの花が大好きなんだと思います。