
忙しい日々が続いている。
朝6時半起床、7時20~40分までに家を出、その日の現場までの距離、町並みを、足早に撮影する(これは携帯電話で)。そして誘導棒をふり、案山子のように、成す術がないね、頭をさげ、人や車を招く、奪われてしまうのは個人名だが、慣れてしまえばこれはこれで清清しい時間。精神修養につながる。そしてお昼休み、毎日カミさんが作ってくれるオニギリ2個、ポットに容れた温かいお茶とともに、これを15分ぐらいでいただく。そして残りの45分間を撮影にあてる。毎日毎日、現場のロケーションが変わるので、この仕事に就いていなければまず足を運ばないような地区、町を散策することができる。ふと、視えるものあれば、撮影。
昼の休憩はこれで終わり。ずっと立ちっぱなしだな。また配置につき、人や車、工事車両などを誘導する。辺りが真っ暗になる頃、午後5時~6時には開放となり、帰り道、もし、すこしでも早く現場が終われば、美しい、艶やかな夕暮れの町を、オレンジ色に染まる空を、ウキウキしながら撮影して帰ることができる(これはキャノンのPowerShot G10で)。
帰宅し、夜7時には晩飯。30分ぐらいで済ませ、7時半ごろには2階の仕事部屋に入る。それでPCに向かい、今はこの2週間ほど、堀内幹の、high tail studioで録音したスタジオ音源のエンジニアリング、およびミックスダウン、サウンドスケープの作業。
前々回、このブログで紹介した堀内幹のアルバム『無限-infinity-』、彼の演奏はまったく問題ないが、僕にはまだ遣り残したことが。ちょっと納得がゆかず、このところずっと懸かりっきり。
人のサウンドをいじるとはどういうことか?人の歌声や演奏を、ただ録音するだけなら誰でもできる。ボタンひとつで、機械がしてくれる。僕はなにも関与する必要はない。いや、サウンドスケープ、ミックスダウン・・・これらの作業は、嫌がうえでもその演奏者の「存在」と相対することになる。その柔らかな秘密に触れることとなる。それが、時として苦しい。だが、うまくゆけば、歓びに繋がる。
「作品」を生むとは、ひとりではできない。寄り添うて、寄り添うて、和して同じない友愛の軌跡のうちに、たぶん育まれてゆくものなのだろう。
夜11時~12時までには就寝、明日の仕事(週休1日)に備える。



