2011/06/22

額装デイレクター・中村明博 / Akihiro Nakamura (frame director)



この動画は、あくまでも、額装デイレクター・中村明博の“はじまり”のPV(プロモーション・ビデオ)であり、それ以下でも以上でもないと、これを撮影編集した僕は、そう考え、位置づけています。
その理由を、いま、すこし触れさせていただきますが、その前に、彼、中村明博の額装デイレクションについて、端的に、僕自身がもっとも感銘するところは、作品に対する、彼のその「接し方」にあります。もちろん、この接し方は、作品に対する理解および解釈という作品それ自体への真摯なまなざし、精緻な審美眼というものが無ければ、かなり乱暴で無作法なものとなります。彼の額装デイレクションに触れるたびに、彼の作品への、絵画や写真の彼の「読み」、味わい方を、「この男は一体どこで身に付けたのだろう?」と、甘い奈落の底に突き落とされるような清清しい感情をいつも僕の内に誘発してくるのです。
しかしながら、誤解する方も多いと思いますので、これはあえて書きますが、僕個人としては、「これから先どのような作品をものにすることができるのか?」以外は、実際、額縁というものにあまり興味は持っておりません。
彼、中村明博は“額装デイレクター”であり、当然のことながら具体的な彼の審美眼はその額装の在り様にそのまま表現されますですが、僕は額装についてではなく、彼の仕事から浮かび上がって来るその審美眼に共鳴し、いわゆる彼自身の中心テーマである「作品のための額装芸術」には興味はありません。なぜなら、写真家の全情熱はその仕事、作品に注がれるべきであり、額装に妙な色気を持ってはならない、これは、他ジャンルの制作者に対するマナーであり、モノを作る側にいる僕たちの基本的なルールではなかったかと感じるからなのです。

ある時、中村明博に「あなたが思う究極の額装とはなんだろう?」と尋ねたことがあります。
ここに、今回アップされた動画には描ききれなかった、彼の額装に対する思想の核心があります。
「いやー、作品を囲うという所作においては、実は、究極的に言ったら、紐でもテープでもいいんですよね」と微笑みながら応えてくれた。
つまり、作品という“イノチの現場を囲う”ための結界としての役割、機能を立ち上げようとする額縁・・・。
西洋美術史上で生み落とされた額縁、額装というジャンル、これを、東洋の滋賀県の琵琶湖の畔で生まれ落ちたある男が、その際際、あの普遍的な処まで「額装それ自体」を、追いつめようとしているのです。

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