2009/03/20

恐るべきボーカリスト・日川キク子 / Ms.Kikuko Hikawa


photo by Takeshi Kainuma

 今、ここに、北海道釧路市阿寒湖温泉に住んでいらっしゃる「日川キク子」という女性シンガーについて書こうとしている僕の個人的な理由は、たったひとつしかありませんが、「日川キク子」と言われても、たぶん皆様は一体誰のことやら、グーグル検索かけてもヒットすることのないこの恐るべきシンガーについて、阿寒の方々をのぞいて、知る人はまずいないと思います。

朝崎郁恵ーーー。鹿児島県大島郡瀬戸内町花富生まれの歌手。奄美島唄伝承の第一人者。朝崎さんについては皆さんよくご存知かと思われます。中孝介さんのおっかさん的存在ですね。
もしまだその歌声を聴いたことのない方々はここをどうかクリックしてみてください。
これはYouTube動画ですが、この朝崎郁恵というシンガーが一体どのくらいの力量の持ち主であるのか、すぐさまご理解できるかと思います。
ただし、歌というもの、ボーカリストという存在について、月並みな幻想というか、年若きころに数多の情報によって洗脳された、自己愛に満ちた「歌手のイメージ」を終わらせていないリスナー方には「オバサンの歌声」としてしか響いて来ないかも知れません。

安東ウメ子ーーー。北海道帯広市フシココタン出身のアイヌの音楽家。 ムックリ(口琴)とウポポ(歌)の名手。
このアイヌの歌い手はすでに逝去されましたが、「西に朝崎郁恵、東に安東ウメ子あり」というぐらいの存在で、トンコリ奏者として著名なOKIさんのプロデユースにより2枚のソロアルバムを発表しております。これはどちらも名盤ですが、当時は音楽評論家のピーター・バラカンや坂本龍一などの耳をガツンと唸らせたのでした。
安東ウメ子さんの歌声はこちらから試聴することができます。
もしくはiTunesストアにて「安東ウメ子」で検索すれば、同様に試聴できます。

そして今、日川キク子ーーー。
彼女に強烈なスポットを浴びせようとする僕の試み・・・、彼女の唄声を直に聴くことのできるCD、音源というものがまだ公的には存在しておりませんので、どうも歯切れの悪い言い回しになります。
たとえば、日本のポップス界では、ちあきなおみ、美空ひばり、都はるみという大きな才能をもった歌姫がおりました。
海外では、ドアーズのジム・モリソン、ジェームス・ブラウン、マヘリア・ジャクソン、マリア・カラス、ボブ・マーリー、ジャニス・ジョプリン・・・、彼等はたいへん優れた歌い手であり、世界には「偉大なボーカリスト」たちが多数存在しておりました。
僕たちは彼らのその稀有な歌の有り様を、声の、響きの有り様を、彼らが残した録音物を通してのみ、触れる機会が許されておりますが、歌とは何か? 皆さんは考えたことがありますか? 歌とは、人間に許された、人間という形態をもった生命体の、その精神の軌跡、奇跡です。

日川キク子ーーー、彼女の歌声、その天賦の才、恐るべきその喉から発散される複雑な響き、人間の喉、声というものの秘密を開示しようとする、そしてこの秘密とは、森羅万象のあらゆるサウンドのエキス、エッセンスがすでに人間の声の内に、喉という小さな器官に内包されているという「認識」の告知ですが、そう言ったもろもろの神秘的で、実は「当たり前」の圧倒的事実を、彼女の歌声は、まるで僕の全存在を垂直に切断し、別次元に追いやろうとするかのような圧倒的な暴力、聖なる暴力によって、「今」を取り囲む数多の幻想を一挙に消し去り、すっと知らしめてくれたのでした。
「今」というこの時空が、ほんものの、「裸の今」として、過去であるとか、未来であるとか、そういったまやかしの時間軸を一斉に剥奪し、おおいなる、無限の自由性へと飛翔させてくれたのです。くどいようですが、その音源をお聞かせできない現状が心苦しいです。

まあでも、そのような事をキク子さんに伝えても、彼女はポカンとするだけで、「キク子さんはマリア・カラス級のボーカリストですね」と、昨年阿寒滞在時のおりにそうお伝えしたのですが、誰それ?って顔をしておりました。

5 件のコメント:

chi さんのコメント...

はじめてお邪魔いたします。
本物のアイヌの唄を聴きたくて、探していたところ、Youtubeでたまたま見つけてその歌声に衝撃を受けたところです。素晴らしい表現者の、貴重な情報をありがとうございました。

海沼武史 / Takeshi Kainuma さんのコメント...

chiさん
はじめまして、海沼です。
ご感想、強く、有難く感じます。
日川キク子さんも、きっと歓んでいらっしゃる。
彼女の歌声の魅力を、もっと多くの人に届けられたらいいな、僕の内にあるのは、そのような思いだけですが、日川キク子のソロCD制作につきましては、経済的な諸事情により今だストップしたまま、一切すすんではおりません。でも、僕はね、誰がつくっても良いと思っているのです。
そして、一体なぜ、地元の人が動かないのか、不思議でならない・・・。

chi さんのコメント...

とっても残念です・・・。
私は、和人ですが父親が北海道で、私にアイヌ語で「家」という意味の名前を授けてくれたこともあり、彼らの文化に興味を持ちました(江戸後期から明治にかけて生きた祖父は、アイヌの人々と交流があり、その姿を銀板に焼き付けていたそうです)。

日本政府の同化政策のせいで、文化の継承は、非常に困難だったことと思います。特に唄は、日本語のような発音をしてらっしゃる方も現在は多いようで、本来のウポポを引き継ぎの難しさ(日常使わないだけに)は想像に難くありません。

Youtubeに美しい映像と共にアップしてくださったのはRiwkakantさんだったのですね(恥ずかしながら後で気づきました(^_^))。

私のように、貴重なアーティストをYoutubeを通して知る人もいると思います。また、oral historyの一つの形として、記録することは非常に意義の大きな事と思います。記録、編集、アップしてくださったRiukankantさんと、許可くださった日川さんに、ほんとうに感謝いたします。

また、記録云々も大事ですが、私自身がもっとたくさん彼女のウポポを聴きたいです!
現在は、仕事の都合上北海道まで唄を聴きに行くことが、なかなか叶わないので、せめてCDなどの形で手元に置きたいです。CD制作はやはり、大きな金額がないと難しいのでしょうか。

大変なことも多いかと思いますが、
Riwkakantさんの活動も影ながら応援しております。

sugiyama さんのコメント...

2年前に阿寒湖アイヌシアター「イコロ」で日川キク子さんの歌を聴き、感動しました。
こんな素晴らしい歌が聞けるとは、出会えるとは、と興奮しました。私は美空ひばりを思い浮かべましたよ。いつまでもお元気で活躍して欲しいと願うばかりです。
その後、千葉伸彦さんの「阿寒の歌」を入手、kapiw & Appapoの活動にも注目しています。
(郷右近富貴子さんのムックリはジミヘンですね(笑))

海沼武史 / Takeshi Kainuma さんのコメント...

はじめまして、海沼です。
そうですか、阿寒で聴きましたか。(でも、本気歌は、そこでは聴けませんから。笑)
千葉さん監修の「阿寒の歌」、そのCDに収録されたキク子さんの歌声、ぼくもその現場に居たのですが、凄いですよね。まったく、正真正銘、古の声、です。
フキちゃんのムックリはね、まだ、その才能、魅力などを、がっしり掴んでいる人はあまりおりませんが、歌唱とちがい、なんだろう…野生の無邪気さ、奔放さ、向日性が、最大の魅力です。野性味があって、そうですね、狩猟採集性を感じませんか?(アジアン・ヘンドリックスです。笑)
たとえば安藤ウメ子さんのムックリなどは、なまめかしくって、「雅」っていうのかな、色っぽさがありますでしょ?
床絵美と郷右近富貴子のユニット、カピアポは、これからです。もっともっと「古里」に近づいて欲しいですね。