2008/12/14

ピカソ・青の時代 / PICASO - blue period



上の写真は、1901年ピカソ「青の時代」の自画像ですが、なんだかこの顔、ロシアの文豪ドストエフスキーの面相と相通ずるものがあると思いませんか? ほらちょうど、この頬のこけ具合が・・・。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー、1864年に書かれた彼の小説「地下室の手記」を読んだことがありますか?彼の「青の時代」のピークとは、たぶんその頃なんでしょう。(いやいや、彼は死ぬまで「青の時代」だったのかもしれません・・・。)
1926年に生まれたジャズ・ミュージシャン、マイルス・デイビス---。彼の「青の時代」は? 1959年8月17日、コロンビア・レコードから発売された「カインド・オブ・ブルー(Kind Of Blue)」。当時、彼の演奏は「卵の殻の上を歩くような」と称されたそうです。

「青の時代」とは何か?

それで下の方の写真は、Edward S. Curtis・エドワード・カーティス(1868-1952)という北米インディアンばかりを撮り続けたアメリカの写真家の作品が飾られたアリゾナのとある文明ホテルの一室。

たとえば、やたら言葉を費やさなくても、この二つの写真を見ただけで、これをアップした、このツインを選ぶ者の意図というか、メッセージのようなものは伝わってしまうものですが、ぼくはちょうどこの真ん中を、この狭間に在ることこそが、真に、「今」を生きることだと思っております。(やや馬鹿っぽい発言かな。)

PCのマウスやキーボード、または写真機の可愛らしいシャッターボタン、もしくはピアノ鍵盤を叩くこの手、ちょいちょい動くこの指先、これを「仕事」とした者、その手が、鉈や鋸を腰からぶら下げ、近くの荒れ果てた植林杉山に分け入り、間伐や下草刈りに勤しむ、または荒れ地になっていた畑を友人らと耕し始める、こういった経験、手や腕や足の運動のうちに、腰の使いや筋肉の動きの最中、それまで見えてこなかった、見ていなかった、忘れていた、文明の道具にひどく甘やかされた身体と意識の内側へ、未知の“実体”が、その中心めがけ、どっと入り込んでくるのでした。

 


2008/12/01

渋谷Bunkamura 『ナディッフ モダン』へ御越しください。

お蔭様で、渋谷東急BunkamuraB1 『NADiff modern・ナディッフ モダン』にて絶賛発売中の、床絵美・千葉伸彦・リウカカント・海沼武史のCDは、ご好評につき、年内12月31日まで延期販売されることになりました。
そして、同館『ザ・ミュージアム』の方では、「アンドリュー・ワイエス/創造への道程」展が、12月23日(日)まで開催されております。

お近くまで御越しの際は、ぜひぜひお立ち寄りください。



*ワイエスは真摯な作家です。
通説では、アメリカの原風景のようなものをモチーフにした、平凡な田舎にて誰もが眼にするであろう風景、「何でもない、さり気ないシーン」を描いた作家であると、認知されております。
彼が描いた作品、その画面から発散される「厳しさ」、「センス」、「緻密さ」・・・等々は、昨今のぺらぺら現代アートや、観念を張り巡らせることが今だカッコイイことだと勘違いしている絵が描けないことへの眼くらまし、マルセル・デユシャンの亡霊やトリックに誑かされている現代の作家らの仕事と比べてみますと、かなり刺激に満ちた、「本来」の視覚体験を、観る者に与えてくれます。ですが、残念なことに、ぼくがアメリカに在住していた頃に、もっとも身に沁みた「アメリカの風景」とは、ワイエスのそれではなく、あのアメリカ先住民が聖地とした、場所、「現場」にこそ在ったのです。(って、つまらぬ余談ですが・・・)

そして漠然と思うに、画家アンドリュー・ワイエスの悲劇とは、彼がアメリカというアングロサクソンにとっては歴史の浅い場所で、生まれ、「アメリカ人」として生きざるを得なかった処にあったのではないかと思っています。彼が、もし、その画業の舞台をイギリスにおいて展開できたなら、たぶんターナー(Joseph Mallord William Turner, 1775年4月23日 - 1851年12月19日)級の評価を、間違いなく手にし得た事でしょう。
ワイエスがモチーフにした数多のさり気ないアメリカの古き良き時代(?)の風景、彼はそこに自身の存在を丸ごと貫入することができず、ある種のよそよそしさを感じていたような気がいたします。たとえば、ピカソは、彼自身が選んだ画題、またはモデルについて、全くぶれていない事を確認することが出来ます。(余談でした。)

 


2008/11/16

試写/映画『金糸雀(かなりや)は唄を忘れた』


先の投稿でもご紹介させていただいた映画『金糸雀は唄を忘れた』の監督(+編集・脚本)・赤羽健太郎氏が、我が家までお越しになられ、監督ご持参のPCとHDに収められた映像データを、僕が普段使用している22型ワイド液晶モニターへ送り、本日、ささやかな試写上映会が、近所に住む床絵美(この映画の出演者の一人であり、またその歌声を聞かせている)とその子供達、そしてカミさんも交え、拝見させていただきました。

僕は、スタッフの一人として、この映画制作に積極的に参加しわけではなく、たんなる「楽曲提供者」に過ぎませんので、今はここにやたらなことは書けません。批評、または感想は、この映画を見る鑑賞者一人一人に委ねたいと思います。
が、一言、野暮なことを書かせてもらうならば、もしこの映画をじっくりと味わいたいなら、鑑賞者の心は「静まりかえる」必要があります。しかしこれは、製作者サイドの不躾な要求ではなく、あらゆる芸術、「作品」というものに、触れるための基本的な態度というものでしょう。心が、静まり返らなければ、本来、モノは観えてはこないし、それは、隠された「告白」はしてくれないからです。

この映画『金糸雀(かなりや)は唄を忘れた』は、かなり抑制の効いた「編集」が施されていました。この「抑制」の利かせ方は、監督は30歳ですが、そこに監督の美学、美意識を感じることが出来ます。また、音楽の使い方、これを導入するタイミング、手さばきが、とても上品で、エレガントです。

「金糸雀は唄を忘れた」・・・。カナリアというのは、現代人である僕達を指すメタファーですが、僕達は、一体、「唄(inochi)」を取り戻すことが出来るのだろうか?
ただひとつ言える事は、監督であり人間・赤羽健太郎は、この映画作りの全工程によって、ようやく、あの「唄」を取り戻しつつあるのかもしれません。

2008/11/15

Yuta in Bronx


ユタ♂ at John's Run

最近のテレビ番組、ドラマ、CMなどは、軽はずみに、人間の心情面に訴えかけようとする作風、そんな類の演出または台詞が著しく増えたなあ〜と感じるのは僕だけでしょうか?
「繋がってる」とか、「ぼくがきみを守るから」とか、「(何々)・・・だから」とか、なんだろうね、「信じているから」とか・・・、いちいち言葉にせざるを得なくなったんだろうね。
僕などは、たぶん皆さんご存知なように、ニンゲンの「負の感情」というか、ネガテイブな局面を、その暗がりをかなりこまめに探索してきましたから、この21世紀という「感情の時代」について、・・・・いやまて、ユタについてすこし書こうと思っていたんだ。
ケモノはいいよなあ、自然体で。
余計な言葉、未来の不安というものを持たない完全無欠のシンプルライフ、そう「一張羅(イッチョウラ)」だよね。
僕らはたぶん余計なモノを持ちすぎてしまったのかもしれない。が、いわゆる自給自足生活をはじめるってのもなんだかちがう気がする。その理由は、たぶん長くなりそうなのでここには書きませんが、いま、じぶんの足元、眼前に広がる場所、此処で、つかめない者は、たぶんどこいっても、どんな暮らしぶりに変えても、ほんとうに確かなこと、死の恐怖を蹴飛ばしてしまうくらいの「生の横溢」や銀河即我々体験、もしくは「ん~、世界はマーヤ(幻想)だったのか、でもサイコーさ」などなど、けっして手にすることは出来ないでしょう。犬の姿形をとったユタは、そんなことを僕に言葉ではなしに「態度」で教えてくれました。
この表情、イイでしょう。犬だって、「人間」なんですよ。
 
 

2008/11/14

Daguar in Bronx


ダグア ♂ - at John's Run

・・・いちおう、アメリカの闘犬です。かなり強いです。
この「John's Run」という名のドッグランの親分でした。
うしろに見えますのはそのオーナー、アダム。男優ショーン・ペンのような気質の男でした。
写真を整理してたらほいっと出てきたので、気まぐれにアップしてみました。
(木製テーブルの上、タバコ箱の上になぜか(?)置かれたセルラーフォンの形がやや時代を物語っております。)

 


2008/10/31

NADiff modern(ナディッフ モダン)へ御越しください。

渋谷東急BunkamuraB1 『NADiff modern・ナディッフ モダン』にて
床絵美・千葉伸彦・リウカカント・海沼武史のCDがズラリと並ぶことになりました。
明日から、約一ヶ月間、各CDがそこで試聴できるようになっております。
お近くまで御越しの際には、ぜひお立ち寄りくだされ。(期間限定だよ~ん)





『NADiff modern・ナディッフ モダン』
〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂2-24-1 東急BunkamuraB1 
TEL. 03-3477-9134
OPEN 10:00 - 21:00 / 無休
アクセス:JR山手線「渋谷駅」ハチ公口より、徒歩7分

 


2008/10/29

映画『金糸雀(かなりや)は唄を忘れた』予告編

伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞2007
短編の部・大賞受賞作品『金糸雀は唄を忘れた』 監督・脚本:赤羽健太郎
 -2008年11月22日(土)~23日(日)初公開-

床絵美 - 出演+唄
海沼武史 - 音楽


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映画『金糸雀(かなりや)は唄を忘れた』、この予告編だけでは、なかなか作品の「あらすじ」というものが見えてきませんが、監督は「あらすじ」を極力見えづらくしたかったのか、抽象度の高い「編集」をあえて選択したのか?この映画の物語、あらすじが明確にされても、それによりこの映像作品の価値が損なわれることはないだろうと、僕は勝手に独断し、監督の思惑は無視し、映画『金糸雀は唄を忘れた』のストーリーとは、唄を失った男女の「同行二人」、その旅の姿を描いたものです。二人の、自殺志願者の物語りです。しかし、監督が、こういった、ある種暗いテーマを選んだ由は、たぶん、いま、生きているという事、現代という、この世の中で生きるという事は一体どういうことなのか?という「問い」の深度にあり、ですから、この映画は決して「暗い」映画ではなく、「切実」な映画、ということになります。

映画『金糸雀は唄を忘れた』は、それを観るだろう人々に、「唄」を忘れたカナリアは死を選ぶしかないのか?と、問うわけです。
しかし、この「存在論的な問い」に答えられる人は居ないでしょう。
なぜなら、この「問い」への「答え」とは、いま、眼前に映る数多の人間、その誰か一人の「裸の生」によって、たえず示されてゆくものだからです。

新人監督・赤羽健太郎とは、ただ「誠実」であろうとしただけなのです。

2008/10/20

無防備な心の眺望 / Itasankata by Fukiko Goukon


先日、「第1回国際口琴フェスティバルin東京」出演のため、北海道釧路市阿寒湖アイヌコタンからお母様とお二人で上京していた郷右近富貴子さんのレコーデイングを、ここ裏高尾の「high tail studio」にて、お二人のタイトなスケジュールを調整していただき、ややチカラずくで敢行させてもらいました。
郷右近富貴子さんの唄声は、一度、阿寒湖にお邪魔した際に聴いており、もし機会あればレコーデイングしてみたいなと、うっすら考えていたわけです。

僕にとってレコーデイング、誰かをプロデユースするとは、写真の仕事、「撮影行為」に近いものがあります。決して片手間では出来ないことですし、一切、手は抜きませんが、一人でモノを作っているほうが気楽だなあと感じてしまうこと多々…ですね。アイヌの唄い手は、僕ら日本人とは違った感覚、自らの民族の唄について強烈な倫理感を内に秘めているので、まず、この心境について、十分に理解しておく必要があります。いや、理解しようとする息吹のようなものを持とうと絶えず心がけなかれば、そう安々とレコーデイングはさせてもらえないのです。

たぶん、僕が床絵美さんや、そのお母様である床みどりさん、郷右近富貴子さんの唄声を録音する事について、違和感を覚える方がいるかもしれない。「アイヌかぶれ」という、安易な了解で済ませてしまう方も……。僕がアイヌの唄にかかわっている理由を、単なる政治的、または「社会的・歴史的」意識の延長と想像する方もいるかもしれません。

かつて、わが国の政府によって「土人」と認定されたアイヌ民族が、じつは日本という島国の「先住民」であった、とか、こういった社会的・政治的議論、史実について、僕は(幾つかの理由により)まったく距離を置いています。また、このような「視点」につきものの「運動」に参加するような事も、まずないでしょう。これは僕が社会的な問題、または政治的な問題について無感覚、軽視しているということではなく、政治的または人種的な問題といって良いかも知れませんが、深くかかわりすぎれば、実際、モノがみえなくなる、「人間」が見えなくなるという、僕個人の体験的認識からよるものです。
(ああ、詰まらない、意味の無いことを書いてしまった。)



郷右近 富貴子:ボーカル   Fukiko Goukon : vocal

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ここに唄が在る。
ここに、無防備な意識が、心の光景が在る。
唄い手である彼女は、まるでその眼前に距離を喪失した暗闇が無限にひろがる断崖にて唄っているようでもある。
アニメ映画『ゲド戦記』の主題歌「テルーの唄」を唄った手嶌葵より非情な場所に、どうやら彼女は立っている。
心を支えるものを一切失った状態で、「唄だけ」が、「唄う事だけ」がその存在を支えているかのようである。

現代曲、現代の歌というものは、そのほとんどが「演技」でありましょう。
たとえば、絶品の歌唱力・表現力をもっていた美空ひばりの歌は演技であり、その楽曲はいわば一級の「工芸品」にすぎません。未知の領域を予感させるものなど一切含まれておりません。つまり「芸術」の領域まで及んでいなかったからです。
もちろん、歌とは、現代においては娯楽、慰めや感情移入のためのツールのひとつであり、そこに「芸術」云々を語るのはやや大袈裟すぎますが、アイヌの唄は、僕に限りなく「唄の原点」もしくは「唄の始原性」というものを想起させてくれます。そしてこの想起によって、僕がなにを得、なにを観たのかと言えば、この文明が矢継ぎ早に僕たちの五感を誘惑し、方向付けをし、見えなくさせていった「なにか」、数多の気晴らしの渦の中で見失ってしまった「someting great」です。そしてこれこそがアートの「真髄」であり、存在の謎に迫るための最後のチケットである、と。

かつてのアイヌの生活様式はうつくしい。そして、今なおアイヌの唄はすばらしい。それで日本の伝統芸能、日本の美学もすばらしい。そういうことです。