昨夜は、写真集の編集作業が大詰めを迎え、「ん、このまま行った方が良いな」と、夜12時ぐらいまでPCモニターの前で粘り、僕がらみの作業をあらかた終わらすことができた。
これはモノづくりをして来た人、いや、職業人には分かると思うが、「今がダッシュ!」というゴーサインはたぶんに本能的なもの。が、その合図はこれまでの長い経験によって裏打ちされている(と、思いたい)。
写真の編集、画像の微調整は、その日のコンディション、眼の状態だったり、光源、自然光や部屋の明かり、写真の内容等、諸々の影響を受ける。
昨夜は、よく見えた。もちろんそれがやって来るまで実はずっと泥棒や張り込みデカのように待っていたのだが。
で、満足感と疲労感がジョイントする布団の中で、ふと若い頃の暗室作業を思い出していた。
当時は、昼間にフィルム現像、夜は紙焼きと、かなりシンドイ地味な作業をしていたな~と。
暗室用レッドライトの不気味な暗がり中で、フツーに明け方近くまでプリントをしていた。ザ体力!今じゃ考えられない。そんな写真にまつわる作業を15年ぐらい続けて、デジタルの時代が到来し、フィルム現像タンクや超どぎつい化学薬品、さらに暗闇の中での液体まみれの作業から解放された時には、実はせいせいした。
もちろん、そのモノクロフィルム、ベタ焼き、白黒プリントは散々やって来たので、そこで養われた微細な視覚はアナログ、音で言ったらレコード体験?そーいった経験を通過した上でのデジタルだから、アナログ経験を通過していない人たちよりアナログの恩恵が身体に染み込んでいるんで感覚的には多様でしなやか。(笑)
デジタルに移行して、写真をPhotoshopでごちゃごちゃ弄らないのもモノクロのプリント、紙焼きをして来たがゆえ。さらにデジタルに移行し、あまりモノクロ写真を撮らなくなってカラー写真ばっかもまたそれが理由。
写真は、この世に誕生してまだ200年ぐらいの新参モンだが、その写真がどのような工程で上がって来たのか、アナログ工程か、それともデジタル?ここら辺にはさほど執着していない。どっちだって良いのだ。上がり、写真がどうかだけ、ポイントは。時代の道具を使って時代を越えるような予感をその作品の中に込められるかどうかだけ、1番重要なのは。
p.s あ、普段は夜の10時ぐらいさっさと寝ます。
1 件のコメント:
この文章いいです。すなおで読みやすい。
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